《3分で分かる》佐藤繁彦とは?

佐藤繁彦とは?

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佐藤繁彦…

1887—1935年.1887(明治20)年福島県若松市に生れる.祖父は若松市長,また福島県会議長も務めた.1907(明治40)年第1高等学校に入学,同年海老名弾正より洗礼(バプテスマ)を受けた.1910(明治43)年第1高等学校卒業後,東京帝国大学に入学したが,同年京都帝国大学に転校,1913(大正2)年同校卒,その後4年半東京帝国大学大学院に在籍,ルター研究に専念した.また大学院在学中,植村正久に師事し,富士見町教会の伝道を助け,主として青年学生の指導に当った.1918(大正7)年結婚,新義州日本基督教会牧師として赴任した.1920(大正9)年熊本の日本基督教会に転任,同時に九州学院神学部講師となった.1922(大正11)年より2年間,ドイツのテュービンゲン大学及びベルリン大学で学び,カール・ホル,カール・ハイムなどの指導を受けた.1925(大正14)年九州学院神学部が東京に移転,日本ルーテル神学専門学校となった時,前年ルーテル教会に転籍していた佐藤も東京に移転,以後1935(昭和10)年胃癌で亡くなるまで,同校歴史神学の教授として,内外にルター神学の立場に立った神学研究を推進し,その影響は教派を超えて日本全体に及んだ.その影響を受けて日本ルーテル神学校に入学したのが北森嘉蔵であるが,入学直後に佐藤は天に召されている.1933(昭和8)年『ローマ書講解に現われしルッターの根本思想』を京都帝国大学に提出,文学博士の学位を得たが,佐藤の神学思想は,この論文の内容に尽きていると思われる.その内容は,ルターの神観,ルターの罪悪思想,ルターの宣義思想の3部から成っているが,隠されたる神(デウス・アブスコンデイトス),律法と福音の区別,宣義思想の明確な提示において,今日も十分,神学的発言の価値を有していると言えよう.(鍋谷堯爾)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社