《じっくり解説》ペテロとは?

ペテロとは?

ペテロとは…

本名はシメオン(ギリシヤ語でシモン)。使徒として選んだこの弟子にイエスはペテロ(アラム語でケパ=「岩」の意味)という名を与えた。
父の名はヨナ(ヨハネ)。ガリラヤ湖の北ベツサイダの出で、後に湖岸のカペナウムに移り漁を営んだ。当時交通の要所であったこの町に、彼は妻や義母と住んだ。子についての情報はない。そこで発掘された1世紀の漁師の家はペテロの家だったと言われている。

イエスとの出会い

洗礼者ヨハネに紹介され、アンデレがイエスに会った。「この方がメシヤだ」と直感した彼は、すぐに自分の兄弟ペテロをイエスのところに連れて来た。この最初の出会いの後、彼らはカペナウムに戻った。
ある夜、ガリラヤ湖で徹夜の漁をしたが、何の収穫もなかった。ところが明け方、イエスが現れて言った。「深みに漕ぎ出して網をおろしなさい」。指示に従うと、何と船が沈みそうになるほどの大漁である。「これからは人間をとるようになるのです」との言葉に応じ、彼らはイエスに従う身となった。

十二弟子の一人として

まもなくイエスは弟子たちのなかから12人を選び「使徒」とした。「神の国の到来」を告げ、病人や障害者を癒し、悪霊に憑かれた者を解放するイエスの働きを彼らは見た。またイエスのたとえ話に耳を傾けた。律法の細かい規定にとらわれない自由な振る舞い、事の本質を突いた挑戦的な教え。すべてが驚きであった。「この方がメシヤにちがいない」という思いは日増しに強くなっていった。
十二使徒のリストの筆頭にいつもペテロの名前がある。ペテロ、ヤコブ、ヨハネの3人はいつもイエスのそばにいたが、そのなかでも積極的なペテロはリーダー格だった。

ピリポ・カイザリヤでの告白

ガリラヤを後にし北方のピリポ・カイザリヤに行ったとき、イエスは尋ねた。「あなたがたは、わたしを何と言うか」。ペテロが即座に答えた。「あなたこそ、神の子キリストです」。「シモンよ。あなたは幸いだ。このことをあなたに示したのは人間ではなく、天の父だ」。初めてのメシヤ告白にイエスはこう応じた。
「あなたはペテロだ。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる。わたしはあなたに天の御国の鍵を委ねよう」。この予言がどのように成就するのかペテロにはまだ分からなかった。
「わたしはエルサレムに行く。そこで長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、3日目によみがえる」。受難予告に弟子たちは混乱した。この方はメシヤではないのか。神に油注がれた方が殺されるはずがない。もし殺されるなら、彼がメシヤでなかったことになる。
「主よ。そんなことが起こるはずはありません」。ペテロは諫めた。ところがその彼に対するイエスの言葉は衝撃的だった。
「下がれ、サタン。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている」。
1週間、重苦しい空気が弟子たちを包んだ。そのようななかで、イエスは3人を連れて雪を頂くヘルモン山に登った。そこで何と彼らは栄光に輝くイエスの姿を見た。しかもモーセとエリヤが現れ、イエスと親しく語らう光景を目撃したのである。さらに彼らは天から声を聞いた。「これはわたしの愛する子。彼の言うことを聞け」。
たとえエルサレムで苦難に遭うとしても、この方はメシヤなのだ。ペテロは自分にそう言い聞かせながら、山を下りたことだろう。

つまずき

イエスをメシヤと確信したペテロだが、それが何を意味するかは分かっていない。よく考えずに行動に走る直情的な性格も変わっていない。犠牲を払って従ったのだから、何か報いがあるはずだという打算もある。ほかの弟子たちに対する妬みや競争意識もある。たくさんの弱さを抱えたペテロだった。
エルサレム入りし情勢が緊迫しても、まだ彼はイエスを理解していなかった。最後の晩餐の後、ゲツセマネの園でイエスが苦悶の祈りを捧げていたときでさえ眠りこけていた。
しかし、何と言っても最大の失敗は、イエスが大祭司の官邸に連行されたときのことである。捕らえる者たちが園に来たとき、彼は勇ましく斬りかかったが、イエスに止められ、しかも多勢に無勢。逃げるほかなかった。しかし、途中から引き返し、闇に紛れて官邸までついて行き、中庭でたき火に当たりながら裁判の様子をうかがった。そこまではよかった。
「お前はイエスの仲間ではないか」。声をかけられてペテロはあわてた。「あんな男は知らない」。誓いまで立てて、彼は言い切った。イエスを否定すること3度。そして鶏が鳴いた。ペテロは「今夜、鶏が鳴く前にあなたは3度わたしを知らないと言うだろう」というイエスの予告を思い出した。
彼は自分を見つめるイエスの視線を感じた。それはとがめるというより、「それでもわたしはお前を愛している」と語りかける眼差しであった。ペテロは官邸を出て、人気のないところで号泣した。

復活のイエスとの出会い

イエスは十字架で殺された。ペテロは何もできなかった。危険を恐れて刑場にも行けなかった。死体を引き取って葬ることもできなかった。茫然自失。魂が抜けてしまったペテロは仲間と隠れ家に潜んでいた。日曜の朝、墓に行く女たちに付き添う勇気もなかった。
しばらくしてマグダラのマリヤが駆け込んで来て墓が空になっていると告げた。彼はたしかめに行ったが何も分からず帰って来た。しばらくして戻って来たマリヤの、「私は主にお会いしました。よみがえられたのです」という言葉も、たわごととしか思えなかった。
しかし、その日の昼下がり、彼のところにもイエスは現れた。3日前に裏切った彼が赦しを求め、そして赦されたのである。
聖書は数回ペテロが復活したイエスに会ったことを記録している。とくに印象深いのはガリラヤ湖での出会いである。夜通し働いて不漁に終わった朝、イエスの指示どおりおろした網におびただしい魚が入った。それはイエスに従う原点に戻る経験だった。
火に当たりながら朝食をともにした後イエスは尋ねた。「あなたはわたしを愛するか」。以前の彼なら気負いこんで「当然です」と答えただろう。しかし、あのつまずきを通った彼は静かに「私があなたを愛することは、あなたがご存知です」と答えた。するとイエスは「わたしの羊を飼いなさい」と言った。こうしたやりとりが3度繰り返された。3度愛を告白し、教会の牧者に任じられたのである。

エルサレム教会の柱として

弟子たちはエルサレムに帰り、イエスが約束した聖霊を待った。それはペンテコステ(五旬節)の日に成就した。彼らはエルサレムに来ていた巡礼者たちに各々の母国語で語りかけるという不思議な経験をした。
その先頭にペテロが立っていた。彼は祭司長や長老たち、大勢の群衆に向かって、「あなたがたが十字架に架けて殺したイエスを神はよみがえらせた」と宣言した。この日3000人のユダヤ人が回心したと言われている。
神殿の境内の入口に生まれつき足の不自由な男がいた。「金銀はないが、私にあるものをあげよう。イエスの名によって歩きなさい」。彼が命じると奇蹟が起こった。それがきっかけで留置され、イエスの名によって語ることを禁じられたが、ひるまず「神に従うよりあなたがたに従うほうが正しいか判断してほしい」と切り返した。そんなことが何度もあった。彼はもはや臆病ではなかった。
教会は急速に成長した。迫害も激しくなり最初の殉教者が出たが、それを契機にサマリヤに伝道が広がり、教会が生まれた。ペテロはそこに赴き、サマリヤ人にも聖霊が降るのを目撃した。港町カイザリヤではじめてローマの軍人が信者になったときも、彼は立ち会った。まさにイエスの予言どおり、彼は天国への鍵を委ねられた者として働いたのである。

ローマでの最期

異邦人伝道が本格的になると、主役はパウロに代わり、ペテロの名前は聞かれなくなる。しかし、彼も引き続き各地を巡って伝道した。アンテオケ、コリント、そしてローマへと。伝承によれば、そのローマでネロ帝の迫害によって彼は殉教の死をとげたのである。
ペテロの生涯は、弱さを持つ人、失敗した人にも希望があることを教えている。晩年に書いた次の言葉は、キリストとともに生きてきた彼の実感を表している。「あなたがたは、羊のようにさまよっていましたが、今は、自分のたましいの牧者であり監督者である方のもとに帰ったのです」。
(出典:内田和彦『聖書人物伝 これだけは知っておきたい127人』フォレストブックス, 2013, 130-137p)

聖書人物伝
千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦、杉本智俊、岸本紘 共著
224頁 定価1,800円+税
いのちのことば社