《3分でわかる》ヒゼキヤとは?

ヒゼキヤとは?

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ヒゼキヤとは…

南王国ユダ13代目の王。父アハズから王位を継承して25歳で即位し、29年間ユダを統治した名君。父の時代に偶像崇拝が蔓延していったが、彼は、主(ヤハウェ)の目にかなうことを行った。それはゼカリヤの娘であった母アビの影響が大きかったと思われる。
彼は宗教改革を断行し、ユダから偶像崇拝の場所(高き所)や偶像を一掃した。彼の時代に北王国イスラエルは、アッシリヤのシャルマヌエセルによって滅ぼされた。そして、ヒゼキヤにとっても最大の課題はアッシリヤ帝国への対応であった。彼がアッシリヤからの攻撃に備えて、エルサレムの防備を強化し、とくに水源を確保するために城壁の外のギホンの泉からシロアムの池に水を引き込む地下道の工事をしたことは有名である。
はたしてヒゼキヤの第14年アッシリヤの王セナケリブがユダの町々を攻撃した。このとき、ヒゼキヤは銀800タラントと金30タラントとをセナケリブに払っている。しかし、アッシリヤ軍は将軍ラブシャケに率いられて、エルサレムに登って来てこれを包囲した。
ヒゼキヤは預言者イザヤからエルサレムの勝利について約束を聞かされた。アッシリヤ軍はその夜、予期せぬ事態(疫病?)によって、18万5000人の犠牲者をだして、潰走していった。
このことは、アッシリヤのセナケリブの碑文の記述と奇妙に一致する。セナケリブはエルサレムを「かごの中の鳥のように閉じ込めた」と語っても、勝利についての記述がない。
その後、ヒゼキヤは一時大病を患うが、癒されてさらに15年間ユダの国を指導した。このとき、ヒゼキヤの病気の見舞いにバビロンの王メロダク・バルアダンが使者を遣わしてきた。
ヒゼキヤは、不注意にもバビロンの使者に宝物蔵などあらゆる物を見せてしまったが、預言者イザヤは、このことを通してバビロンによって滅ぼされ、あらゆる物がバビロンに運び去られる日が来ることを預言した。
(出典:鞭木由行『聖書人物伝 これだけは知っておきたい127人』フォレストブックス, 2013, 108-109p)

聖書人物伝
千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦、杉本智俊、岸本紘 共著
224頁 定価1,800円+税
いのちのことば社