《5分でわかる》サムエルとは?

サムエルとは?

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サムエルとは…

彼こそイスラエル史上の最後の士師、という以上に王国時代の招来者、つまりイスラエルの王制創設者である。
彼の母ハンナは、イエスの母マリアの祖型とされる、信仰深く、清められた母性愛の人だった。結婚後しばらく不妊だったが、祈りの末サムエルをみごもった。その際彼女は子をナジル人にする誓願をした。この場合、怪力とは関係ない。

神の言葉を取り次ぐ預言者

サムエルは乳離れするとまもなく、中央聖所の祭司エリのもとに託され、神に仕える道を学ぶ。ただしエリは師としては申し分が……かなりあった。エリの息子たちは、反面教師として申し分なかった。祭司にあるまじき汚職をやるドラ息子だったのである。
こんな環境に汚染されずサムエルがりっぱに成長した最大の要因は、母の絶えざる配慮と祈りだった。
サムエルはナジル人すなわち神に身を捧げた自分をいつも意識し、夜も自室でなく神殿(ただし当時は仮設的)の一室に泊まることが多かった。エリは老い、自室で眠った。中学生が宿直するようなものだ。やがてある夜、サムエルははじめて神の声を聞き、それをエリに告げる。これも師弟関係の逆転だ。
やがて成人したサムエルは、神の言葉を取り次ぐ預言者として、主に任命された者であることを全国的に知られるようになる。人々は真の指導者を得たことを知った。
エリとその息子たちは、対ペリシテ戦争の巻き添えで死に、サムエルははばかることなく任務を遂行する。ペリシテ人の力は強まり、イスラエルはペリシテ軍の占領下にあって属国化していた。こうしたなかで、サムエルの働きは主を中心とする宗教的結束を強化することだった。独立運動、軍事的抵抗など思いもよらなかった。少しでもその兆しありとみられると、容赦なく弾圧された。

「彼らの願いを容れよ」

人々は耐えきれなくなった。軍事的、政治的に強くなるよう、強力な指導者を求めた。国としても一つのまとまりをもち、ペリシテに対抗できる力を欲し、その中心的存在として王を求めた。周辺諸国のように王を! 世襲制で中央集権的な王国を!
これはイスラエルの建国の理念とは食いちがうものだった。モーセヨシュアもその後継者たちも、王となる気はなかった。王はパロで懲りごりだった。これが他の諸国とちがって、イスラエルが国土定着から数世代後まで王制を採用しなかった理由だった。主なる神こそ王である、という信仰である。
しかし現実は厳しく、その圧力に屈してイスラエルの民は王を求めた。サムエルは賛成ではなかったが、祈りのなかに「彼らの願いを容れよ」という主の声を聞き、王制移行を決意する。
主の御旨にかなう王を選ぶという務めは主から、そして民からもサムエルに託された。
ただし彼は王の選任にあたって、慎重に歯止めをかけた。周辺諸国のように専制君主にならず、立憲君主になるよう、王国の憲章を定め、それを文書化して神殿に保存したことがそれである(サムエル記第1、10章)。
にもかかわらず、後代の王たちは徐々にこれを無視しはじめる。いな、初代の王サウルがすでに反則を犯した。
慎重に祈って選んだ王サウルは、最初は殊勝な態度を示した。外敵との困難な戦いにも次々と勝利し、勇気と統率力を示した。だがサウルの殊勝さは付け焼刃的で、権力が徐々に確立するにつれ、次第にボロを出す。

サウルの妬みとダビデ

神の指示命令を無視し、わがままに振る舞う傾向が見えはじめた。そしてついに決定的な事件を起こし、サウルは主から捨てられ、もっと主なる神に忠実な王を改めて選ぶよう、サムエルは主から命じられる。こうして選ばれたのがダビデである。
ただしこれはあくまでも神との関係においての話で、現実にはこの後も引き続いてサウルは王位にしがみつき、死ぬまで離さなかった。サムエルは、神の選びの象徴としての油注ぎをダビデに行ったものの、サウルの妬みと敵視を用心して、油注ぎの意味をダビデにすら打ち明けなかったようだ。人々はサムエルの弟子として選任されたと思った。
不思議な摂理のなかに、ダビデは王宮に召され、サウルに仕えるようになる。最初はパートタイムのアルバイトだった。しかしダビデがその素質を示し、人気が高まるにつれてサウルは妬みに狂い、ダビデを殺そうとする。ついに耐え切れずダビデは逃亡し、サムエルのもとに身を隠すが、これも一時のことで、このあと本格的な流浪時代がダビデを訪れる。

王国時代は預言者

このころのサムエルは中央との関係を絶ち(中央聖所はペリシテの攻撃で破壊炎上)、地方の農村で後進の指導と養成に晩年の精力を傾けていた。何歳頃の話か明記されていないが、晩年であることはたしか。ラマという町の郊外(ヘブル語でナヨテ、牧場の意)に住み、そこで預言者学校とも言うべきものを営んでいたらしい。
ダビデ逮捕の使者たちをサウルが送ったとき、預言者の一団が預言をしており、サムエルがその監督者として立っていたとある(サムエル記第1、19章)。
サムエル以前には、預言者というのは偶発的、突発的に出現したように思える。神の霊がある人に臨み、預言者としての賜物(資質あるいは能力)が与えられたことを示すときに、人々は預言者の出現をさとった。
しかしサムエルは、王国化以後のイスラエルには常時預言者が必要であることを痛感しはじめた。王が間違った道を進もうとするときに、批判、直言して、王と国とを滅びから救う役だが、これは決死の覚悟がなければ務まらない。そういう人材を育てるのは、彼の晩年の仕事にふさわしい。
サムエルは到来しつつある新時代のために土台を据えた。王国時代は預言者たちの全盛時代であった。
(出典:千代崎秀雄『聖書人物伝 これだけは知っておきたい127人』フォレストブックス, 2013, 50-53p)

聖書人物伝
千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦、杉本智俊、岸本紘 共著
224頁 定価1,800円+税
いのちのことば社