《3分でわかる》サウルとは?


“ダビデの弾く竪琴に聞き入るサウル”, レンブラント・ファン・レイン

サウルとは?

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サウルとは…

イスラエル初代の王。彼は裕福なベニヤミン人キシュの一人息子であり、長身で容姿端麗であった。
当時イスラエル人はペリシテ人の脅威に曝されていたが、指導者サムエルの息子たちは、人々の期待に背いて、サムエルの後を継ぐ指導者にはなりえないことが明らかになっていた。そのためイスラエル人たちは、サムエルに王政へ移行することを願った。そのときサウルは王としてサムエルに見出され、油を注がれた。
その後サムエルはイスラエルの全部族をミツパに集めて、くじを引き、最後にキシュの子サウルが取り分けられた。こうして、サウルは初代の王として即位した。サウルの最初の戦いはアモン人ナハシュに対するもので、サウルは33万人の軍隊を組織して、夜明けにアモン人の陣営に奇襲をかけてアモン軍を壊滅させた。その勝利によって彼はイスラエルに揺るぎない王権を確立した。
サウルの次の戦いは、ペリシテ人との戦いであった。サウルの息子ヨナタンがゲバにいたペリシテ人の守備隊長を撃ち殺したことをきっかけとして、両国は戦闘状態に入った。ペリシテ人はミクマスに集結して、イスラエル人を攻撃しようとしていたとき、サウルは、サムエルの到着を待ちきれず、自ら全焼のいけにえをささげてしまう。それは王権からの越権行為であった。この不従順の罪のゆえに、サウル王朝は永く続かないことをサムエルから宣告される。
その後、アマレク人との戦いにおいても、サウルはアマレク人絶滅の命令に背いて、王と家畜の最良の部分を生け捕りにした。この不従順を境にサウルは王位から退けられたが、その頃、国民的英雄として台頭してきたダビデを激しく妬み、自分の地位を脅かすほどになったダビデを殺害しようと追及した。
最後はペリシテ人との戦いに敗れ、3人の息子たちは殺され、彼自身も重傷を負い、剣の上にうつぶせになって自害した。
(出典:鞭木由行『聖書人物伝 これだけは知っておきたい127人』フォレストブックス, 2013, 96-97p)

聖書人物伝
千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦、杉本智俊、岸本紘 共著
224頁 定価1,800円+税
いのちのことば社