《5分でわかる》エリヤとは?

エリヤとは?

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エリヤとは…

王国分裂後、北のイスラエル王国は、領土も物産も南より優っていたが、最大の弱点は神殿のたつエルサレムが南王国にあったことである。それを補うべく、北の初代王ヤロブアムはその領域内の2か所に神殿を建て、金の子牛を祀った。モーセ以来のイスラエルの宗教は不純化され、偶像礼拝が北王国を蝕んでいった。

性的頽廃をもたらしたイゼベル

それに対する抵抗は、預言者たちを先頭に行われたが、大勢は変えられなかった。南王国ユダは、ダビデ王朝が一貫して治め、政情は安定していたが、北は逆で、ヤロブアム王朝も2代、次のバシャ王朝も2代で、いずれも2代目の治世は足かけ2年、まる1年も続かなかったほどだったが、第3王朝は4代、40数年続いて、北王国は安定と繁栄を示す。
創業者オムリも優れた手腕家だが、2代目のアハブもやり手だったようだ。しかし彼に対する聖書記者の評価はすこぶる厳しく「最低」のレッテルが貼られている。
張本人は后イゼベルだった。彼女はフェニキヤ人の作った都市国家シドンの王の娘で、嫁入りと同時に母国の宗教を盛大に持ち込んだ。シドンはイスラエルの北隣の国(現レバノン共和国)で、良港に恵まれて貿易が盛んで、文化的にも経済的にもイスラエルよりはるかに先進国だった。アハブはおおいにこのフェニキヤの長所に学ぼうとした。宗教までも。
イスラエル古来の宗教は、異国の宗教と混交し、金の子牛礼拝にならんでフェニキヤ伝来の男神女神(バアル、アシェラ)礼拝も流行し、性的頽廃が国民に浸透した。

モーセに並ぶエリヤの奇跡

この風潮に対し、断乎として抵抗したのが預言者エリヤである。彼は王宮に乗り込んでアハブを面詰し、神の裁きとして、旱魃と飢饉がこの国に臨む、と宣言した。エリヤは身を隠し、おたずね者になる。しかし彼の宣言(預言)は事実となった。
3年目に、エリヤは再び王の前に姿を現し、偶像崇拝からイスラエル本来の信仰に立ち帰れ、と王に命じ、フェニキヤの宗教との劇的な対決をカルメル山上で行う。地中海に突き出したカルメル岬の山頂で、王と民衆の見守るなか、エリヤはバアル宗教の預言者数百人を相手に、大胆に挑戦する。
まずバアルの預言者たちが犠牲動物をほふって捧げ、祭壇のたきぎの上に置き、熱狂的に祈るが何の答えも現れない。次にエリヤが同様にすると、天から火が降って来てたきぎもいけにえも焼き尽くした。群衆はエリヤの神こそ真の神だ、と叫ぶ。その直後に大雨が降り、旱魃と飢饉は解消する。
しかしアハブとイゼベルは悔い改めるどころか、ますますエリヤを憎み、偶像礼拝を国民に強制する。エリヤの戦いは、息長く続けられなければならなかった。エリヤの孤独で勇敢な戦いは伝統的に語り継がれ、信仰の英雄としてモーセに並ぶ地位を、『旧約聖書』において与えられ、そのことは『新約聖書』にも引き継がれている。
(出典:千代崎秀雄『聖書人物伝 これだけは知っておきたい127人』フォレストブックス, 2013, 66-67p)

聖書人物伝
千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦、杉本智俊、岸本紘 共著
224頁 定価1,800円+税
いのちのことば社