《5分で分かる》葦の海とは?

葦の海とは?

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葦の海…

[ヘブル語]ヤム・スーフ.周辺に葦などの水生植物が繁茂していたところから,この呼び名が生じたと考えられる.この語には大別して2つの用法がある.狭義では,イスラエル人が奇蹟的に通過したエジプト北東部とシナイ半島との境界にある湖ないし海を,広義では,アフリカ大陸とアラビヤ半島の間にあって北部がスエズ湾とアカバ湾に分岐するいわゆる紅海を指す.
⒈イスラエル人が渡渉した海.エジプトを脱出してきたイスラエル人を助けるため,神は強い東風によって葦の海の水を引かせ,またエジプト軍の追撃を阻むために水を元に戻された(出14‐15章).この劇的な出来事は,神の救いの顕著な歴史的実例として繰り返し言及されている(申11:4,ヨシ2:10,4:23,24:6,ネヘ9:9,詩106:7,9,22,136:13,15).しかし,これが実際にどの地点で起こったのかを確定するのは容易でない.ナイル川河口のメンザレ湖周辺,内陸のティムサ湖,スエズ湾に近い苦湖などの諸説がある.聖書には,エジプト北東部のミグドルやバアル・ツェフォンおよびシュルの荒野の中間であったと叙述されている(出15:22.参照出14:1‐2,民33:7‐8).さまざまの角度から検討した上,今日ではメンザレ湖南東部であったと考える者が比較的多い.新約では「紅海」とされるが(参照使7:36,ヘブ11:29),これはギリシヤ語70人訳が旧約の「葦の海」を「紅海」([ギリシャ語]エリュスラ・サラサ)と翻訳したのを参照したためである.
⒉紅海.出13:18,民33:10‐11の「葦の海」とは,シナイ半島の西側に約300キロほど切り込んだスエズ湾を指すと思われる(出10:19も同様であろう).当時は入江が今よりさらに内陸へ伸び,苦湖やティムサ湖と一続きであった可能性もある.他方,ソロモンが重視した交易の拠点エツヨン・ゲベル(別名エラテ)が面した「葦の海」とは,アラビヤ半島に沿って約160キロ入り込んだアカバ湾のことである(Ⅰ列9:26).それはエドムの南方にあり,かつて放浪中のイスラエル人が野営した地方とも関連する(出23:31,士11:16,エレ49:21).死海の南からアラバの荒野を通ってアカバ湾に至る道は,「葦の海の道」と呼ばれた(民14:25,21:4.参照申1:40,2:1).
上述の2つの用法は完全に独立したものではなく,幾分重なり合っている.とはいえ,その意味の広がりはわきまえておく必要があろう.

(出典:石黒則年『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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