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《5分で分かる》ロドスとは?

ロドスとは?

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ロドス…

([ギリシャ語]Rhodos) 「ばらの島」という意味.エーゲ海の最も東寄り,小アジヤ南西部,カリヤ地方の南海岸の沖合約19キロにある島.ドデカネス群島最大の島で,広さは約1400平方キロあり,水も草木も豊かで,首都は島と同じ名前の町で北東の岸にある.ロドスは古代地中海世界では,アレキサンドリヤとカルタゴに並ぶ大通商都市であった.
前16世紀頃からクレテやギリシヤ本土からの影響が見られるが,前12世紀にドーリア人が移住した.前5世紀にはアテネを盟主とするデロス同盟に参加して民主制の国家を築いていたが,前411年からアテネと対立し,3つのドーリア人の都市国家,イアリュソス,リンドス,カメイロスと同盟を結び,ロドスは新しい同盟国家の首都となった.以後各都市の自治が尊重された民主的な制度の中で,前4世紀のペルシヤの統治開始まで通商都市として発展した.前288年頃から,前244年に地震で崩壊するまで,ロドス港の入口には高さ32メートルに及ぶ太陽神アポロの巨像が建っており,古代世界の七不思議の一つと言われていた.ペルシヤに続いて支配者となったアレクサンドロス大王の死後,ロドスは再び独立し,前2世紀頃までには東方とエーゲ海や黒海方面との交易や関税収入で,経済的に最も繁栄し,その航海術は地中海世界に広く影響を与えた.この頃ロドスにはかなりの数のユダヤ人が移住していたことが知られている(Ⅰマカベア15:23).ローマの勢力が東地中海に拡大した時,ロドスはローマに味方して領土を広げたが,前166年の第3回マケドニヤ戦争に際して,ロドスの態度に不満を持ったローマはカリヤとルキヤを独立させ,ロドスに対抗してデロスを自由港としたため,ロドスの関税収入は激減して衰微した.その後ミトラデスとの戦争に際してロドスはローマに味方してカリヤ地方の領土の一部を回復したが,その後カイザルに味方したため,カイザルと対立していたポンペイウスの勢力に圧せられて,一地方都市となってしまった.
新約聖書の時代,ロドスはなお自由都市として存続し,港,城壁,市場等を持った町であった.パウロは第2回伝道旅行の帰途,トロアスからカイザリヤへの航路に沿ってロドスに寄港した(使21:1).ロドスは後,ローマ帝国,東ローマ帝国の支配下にあったが,1310年以後エルサレムのヨハネ騎士団に属した.以後トルコ領,イタリヤ領となり,第2次世界大戦後ギリシヤ領になっている.

(出典:後藤喜良『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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