《じっくり解説》ルベン(族)とは?

ルベン(族)とは?

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ルベン(族)…

([ヘブル語]re’ûbēn,[ギリシャ語]Rhoubēn) 「子を見よ」という意味を含んでいる(創29:32).これはレアが言った「主が私の悩みをご覧になった」([ヘブル語]ラーアー……ベオンイ)という句に結びつけて説明されている.⒈ヤコブの12人の子の長子.ヤコブとレアとの間に生まれた第1子(創29:32,35:23,46:8,Ⅰ歴2:1,5:1).ルベンは父のそばめビルハと姦淫の罪を犯した(創35:22).兄弟たちが異母弟ヨセフの夢を聞き,彼を殺そうとした時,ルベンは何とかそれを思いとどまらせた.しかし兄弟たちがヨセフをイシュマエル人に売り渡してしまったので,ルベンは自分の着物を引き裂いて悲しんだ(創37:21‐30).父ヤコブがヨセフの弟で末子のベニヤミンをエジプトに行かせることを拒んだ時,ルベンは自分の2人の子を誓約のしるしとしてヤコブに差し出した(創42:37).ルベンには4人の子があった(創46:9,出6:14,Ⅰ歴5:3).しかしルベンは,父ヤコブが死ぬ時,長子であるが彼の奔放さのゆえにその権を失うと遺言された(創49:3‐4).そして事実,長子の権はヨセフに与えられた(Ⅰ歴5:1‐2).
⒉ルベンから出た部族.またカナンでこの部族が得た相続地のことも言う.ルベン部族は,ルベンの4人の子,エノク,パル,ヘツロン,カルミに従って4氏族に分かれた(創46:9,出6:14,民26:5‐6,Ⅰ歴5:3).エジプトを出た後しばらく,シェデウルの子エリツルがルベン族の長,分団のかしらとして活躍した(民1:5,2:10,7:30‐35,10:18).旗じるしに従って進む時は,ルベンの宿営にはシメオン部族とガド部族が属し,ユダの宿営の次に進んだ(民2:16).カナンの地を探る斥候としては,ルベン部族からはザクルの子シャムアが遣わされた(民13:4).モーセとアロンに背いたレビ人のコラに共謀したのはルベン部族のエリアブの子ダタンとアビラム,およびペレテの子オンであった(民16:1‐50/16:1-17:15,26:9).最初の人口調査では,20歳以上の男子が4万6500人(民1:20‐21)であった.38年後の第2回目の人口調査では4万3730人に減った(民26:7).相続地は数によって割り当てられることが主によって定められていたが,ルベン部族はモーセによって「ルベンは生きて,死なないように.その人数は少なくても」(申33:6)と言われた.
ルベン部族はガド部族,マナセの半部族と共に,家畜が多かったので,牧畜に好適なヨルダン川の東側のギルアデの地を相続地としてモーセに求めた.その願いは,彼らがヨルダン川を渡り,カナンの地が征服されるまで他の部族と共に戦うという条件で聞き入れられた(民32:1‐42,ヨシ18:7).彼らはその約束を果たした(ヨシ4:12).そしてカナンの地が征服された時ヨルダン川の東の領有地に帰ってきた(ヨシ22:1‐9).そこで一つの祭壇を築いたが,それが他部族の疑惑を招いた.しかしそれが逆に主への信頼を互いに確認し合うことになった(ヨシ22:10‐34).士5:15‐16で,彼らはシセラとの戦いに協力せず,デボラに責められている.ハガル人らとの戦いにおいては彼らは神に助けを求めて,勝利を得た(Ⅰ歴5:18‐22).そして捕囚の時までその地に住んだ.彼らの相続地は,東はアモン人と国境を接し,西はヨルダン川と死海,南はアルノン川を境とし,北はヨルダンのベテ・ニムラの南の地点からヘシュボンに至る線をガドの相続地との境とした(民21:24,32:36,ヨシ13:17,27).彼らの相続地には,その境界に自然の防御がなく,ルベン部族は東と南から外敵の侵略にさらされることになった.エゼキエルによるカナンの再分配の計画とも考えられる記述の中で,彼らにもその分が与えられている(エゼ48:6).また回復されたエルサレムの門の一つには,ルベン部族の名がつけられている(エゼ48:31).ヨハネの黙示録において,イスラエルの子孫で印を押された14万4千人のうちに数えられている(黙7:5).

(出典:上沼昌雄『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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