《5分で分かる》ラメセスとは?

ラメセスとは?

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ラメセス…

([ヘブル語]raʽmesēs, raʽamsēs) ゴシェンの北,ナイル・デルタ地域の東部にあったエジプト王朝新王国時代の首都.ヘブル人が強制労働につけられて建設した町で,ピトムと共に「倉庫の町」(あるいは「要塞の町」)と呼ばれた(出1:11).エジプトで最もよい地であり,ヨセフの家族が住んだが(創47:11),後にエジプト脱出の出発地となった(出12:37).エジプト第19王朝のセティ1世(前1304―1290年)は,首都をテーベからヒクソスの首都であったアバリスに移すことを決め,そこを再建した.彼の息子ラメセス2世(前1304/290―1224年)が工事を引き継ぎ,これを完成し,「ピ・ラメセス・メリ・アモン」(アモン神に愛されるラメセスの家)と命名した.「プル・ラメセス」「ピ・ラメセス」とも呼ばれ,共に「ラメセスの家」という意味である.この時の再建工事には「アピル」(あるいは「ハビル」)と呼ばれる民を奴隷として使役したと記録されている.「アピル」がそのままヘブル人であるとは言えないが,ここでは出1:8‐14に記されている過酷な労働を強いられたヘブル人を意味するか,少なくとも彼らを含む表現であることは確かである.彼らは倉庫や神殿,宮殿,ピラミッド,スフィンクスなどの建設工事に使われたのであろう.ラメセスの町がどこに位置したかについては,タニスとする説とカンティルとする説とに分かれる.タニスは詩78:12のツォアンのギリシヤ名であり,現在のサーン・エル・ハヤルで,広大なタニスの遺跡がある.この遺跡からは,壮大な神殿や倉庫の廃墟,スフィンクス,高さ30メートルにも及ぶラメセス2世の像,「太陽の子ラメセス2世」と刻んだ碑石などが多数発掘されている.「ラメセス」はエジプト語で「太陽神ラーの生んだ子」という意味である.一方,タニスの南方24キロにあるカターナ・カンティル遺跡からも,「ピ・ラメセス」と刻んだ陶器片や,ラメセス2世の巨像(部分),セティ1世の宮殿の扉などが発掘されている.発見された碑文から,ここがラメセス2世を神として礼拝する中心地であったことがわかった.セティ1世時代の遺物が発掘されていることなどからして,最近では,カンティルと同一視する説が有力である.ある学者は「プル(ピ)・ラメセス」のプル(ピ)を「家」の意味ではなく「地所」という意味にとり,広い行政区を指すと解している.これによるとプル・ラメセスは,タニスとカンティルの両方を含む広い地域全体を表すことになる.いずれにしても,ラメセスは,エジプト第19王朝時代に大いに栄えた都で,当時のパピルスの手紙には,「ピ・ラメセス・メリ・アモンは比類ない町である.立派なものが実に豊富にある」とこの町のすばらしさが記されている.

(出典:熊谷徹『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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