《5分で分かる》メルキゼデクとは?

メルキゼデクとは?

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メルキゼデク…

([ヘブル語]malkî sedeq,[ギリシャ語]Melchisedek)「ゼデクは私の王である」,あるいはヘブ7:2にあるように「義の王」という意味.旧約聖書では,創14章と詩110篇に出てくる.彼はシャレム(新約聖書では「サレム」.ヘブ7:2)の王で,いと高き神の祭司であった(創14:18).シャレムは当時は小さい村であったと思われるが,後のエルサレムのことであろう.それは,シャレムが神の住まい,仮庵としてあげられているからである(詩76:2/76:3).ダビデの王位がメルキゼデクと比較されるように,メルキゼデクはイスラエル統治以前のエルサレムの王ということになる.メルキゼデクは,アブラハムがロトとその財産と民とを東方の王たちから取り返して帰ってきた時,パンとぶどう酒を持って出迎え,「いと高き神」の名によってアブラハムに祝福を与えた.アブラハムは,すべての分捕物の十分の一を彼に与えた(創14:18‐20).メルキゼデクは,王であり祭司であった.このことは,ダビデの王としての役割の中にも祭司の役割が含まれていることを意味し,「あなたは,メルキゼデクの例にならい,とこしえに祭司である」(詩110:4)と言われている通りである.
このダビデがメルキゼデクの位を継ぐという約束は,ダビデの末から出るメシヤ(救い主)が永遠の大祭司として立てられるということで成就する.このことをテーマとして書かれたのがヘブル人への手紙である.新約聖書では,メルキゼデクの名はこの書にだけ出てくる(ヘブ5:6,10,6:20,7:1,10‐11,15,17).特に詩110:4の約束の成就として,キリストがメルキゼデクの位に等しい大祭司であるということに強調がおかれている.キリストは,人として,メルキゼデクに等しい大祭司と神に見なされたが,しかも「永遠に」(ヘブ6:20)メルキゼデクの位に等しい大祭司とされたのである.メルキゼデクは系図もなく,出生の記録もなく,ただ神によって立てられたことが強調されている(ヘブ7:3).これは永遠の大祭司の型である.「キリストはいつも生きていて,彼らのために,とりなしをしておられる」(ヘブ7:25).キリストは永遠に生きて働くことができる祭司としての役割を与えられた.メルキゼデクがパンとぶどう酒でアブラハムを祝福したことは,イエスが弟子たちにパンとぶどう酒で祝福を与えたことに結びつけられる(マタ26:26‐29).また,アブラハムが十分の一をメルキゼデクにささげたことは,十分の一の献金の最初の記事と言える.このように,メルキゼデクを通して示されたことは,神の計画の中で生きているのである.

(出典:上沼昌雄『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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