《5分で分かる》ベニヤミン(族)とは?

ベニヤミン(族)とは?

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ベニヤミン(族)…

([ヘブル語]binyāmîn,[ギリシャ語]Beniamin)⒈ヤコブの12人の子の末子で,ラケルによる第2子.ラケルは出産後,その死の床でその子を「ベン・オニ」(「私の苦しみの子」という意味)と呼んだが,ヤコブは「ベニヤミン」(「右手の子」すなわち後継者,名誉な者という意味)と名づけた(創35:18).ヨセフが兄弟たちの憎悪からエジプトへ売られてからは,ベニヤミンが年老いたヤコブの生きる望みとなったと思われる(創42:4,44:29).
⒉ベニヤミンから始まるイスラエルの部族.[ヘブル語]ヤーミーンが地理上は「南」を意味するところから「南の人」とも解される.そのことからマリ発掘で明らかにされたジムリ・リム王(前1700年代)の公文書保管所の古バビロニヤ語テキストにあるBīnū yamia(「南の人」という意味と推定される)とこの部族との関連性を指摘する提案があるが,それは疑わしい.
創46:21はベニヤミンに属する10名,すなわち「ベラ,ベケル,アシュベル,ゲラ,ナアマン,エヒ,ロシュ,ムピム,フピム,アルデ」をあげている.部族の系図は民26:38‐41,Ⅰ歴7:6‐12,8:1‐40に記録されている.その相続地は「ユダ族とヨセフ族の間にあった」(ヨシ18:11‐28).すなわち東の境界線はヨルダン川で,西はダン族,北はエフライム族,南はユダ族の境界線と接する東西に細長い地である.ベニヤミン部族に属する町々のうちエルサレムはダビデが攻略するまではエブス人が占拠していた(Ⅱサム5:6‐7).王国時代にはヤロブアムがベテルとベニヤミン部族領の東部を支配下においた(Ⅱ歴13:19).エリコはアハブ王時代にベテル人ヒエルが再建した(Ⅰ列16:34).西部にある「ギブオン,ケフィラ,ベエロテ,キルヤテ・エアリム」はサウル時代まで先住民が占拠していたと考えられる(Ⅱサム21:2.参照ヨシ9:17).相続地には変動が見られる.
あるレビ人のそばめにベニヤミン族の人々が乱暴して殺したことから,ベニヤミン族は全イスラエルと戦って破れ,部族滅亡の危機に陥ったことがあった(士20‐21章).ペリシテ人の圧迫からイスラエルを救出したサウルはベニヤミン人であった(Ⅰサム9:1,14:52).ダビデが王位につくと,彼を支持するベニヤミン人もあったが(Ⅱサム3:19),反感を持つ者もいた(Ⅱサム16:11,19:17,20:1).ソロモンはその行政区の一つにベニヤミンを入れた(Ⅰ列4:18).その後ベニヤミンの名は「ユダとベニヤミン」というように,ユダと組み合わされていった(Ⅰ列12:23).エルサレムには「ベニヤミンの門」があり(エレ20:2),エゼキエルの幻においてはユダとベニヤミンの地域は近接している(エゼ48:22).
「ベニヤミンはかみ裂く狼」(創49:27)はこの部族の力と勇敢さを表しており,エフデ(士3:15),サウル(Ⅰサム9:1),勇士たち(Ⅰ歴8:40),エステル(エス2:5),パウロ(ロマ11:1)はベニヤミン族の出身である.
⒊ビルハンの子で勇士とされる(Ⅰ歴7:10).
⒋捕囚から帰還後,エズラの勧めで異邦人の妻を離縁したハリム族の一人(エズ10:32).

(出典:下村茂『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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