《5分で分かる》ベエル・シェバとは?

ベエル・シェバとは?

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ベエル・シェバ…

([ヘブル語]be’ēr šebaʽ) イスラエルの最南端にあるネゲブの町.この名の意味は定かでないが,「7つの井戸」と思われる.これはアブラハムがアビメレクと井戸のことで誓った時に与えた7頭の子羊に由来している(創21:25‐31).
ベエル・シェバはヘブロンから南方へエジプトに通じる道路と,アラバから北西へ地中海に至る道路との合流点にある.それゆえ,どの方向に向かうものでも,行き交う隊商はここを宿場にしていたに違いない.ハガルはこの近くの荒野を,サラから逃れてさまよった(創21:14).アブラハムはペリシテの君主アビメレクと同盟を結び(創21:32),またイサクをささげよという試練の後,ここに居を定めた(創22:19).イサクも家畜の大群を伴い,旅の途中でここに滞在した(創26:33).また,ヤコブは長い間別れていた息子ヨセフと再会するためにエジプトに下る途中,ここで神と出会った(創46:1‐2).イスラエルのカナン征服後,ベエル・シェバはユダ族のものとなり,それからシメオン族へ割り当てられた.ここがイスラエルにとって重要な位置を占めていたことは,サムエルの2人の息子ヨエルとアビヤが治めていたことからもわかる(Ⅰサム8:2).アハブ王の妻イゼベルの怒りから逃れた預言者エリヤは,神の山ホレブへ行く途中で,ここに立ち寄っている(Ⅰ列19:3).
族長たちの頃から,ここには聖所があることが知られていた(創21:33,46:1‐5).預言者アモスの時代には,ベエル・シェバの聖所は有名になっており,アモスはこれをダンやサマリヤと共に記している.彼はイスラエルに入り込んできた異教の偶像礼拝を激しく非難している(アモ8:14).捕囚からの帰還後,ユダ族がここに再び居住するようになった(ネヘ11:27).
イスラエルの境界を示す語として,「ダンからベエル・シェバまで」(Ⅰサム3:20,Ⅱサム17:11)ということばが使われ,これはイスラエルの国全体を意味した.また「ゲバからベエル・シェバに至るまで」(Ⅱ列23:8)は,ユダ王国を示すために用いられた.ローマの支配下では,ラフィヤから死海までの,南パレスチナの防御線の軍事基地になっていた.新約では何もふれられていない.現在のベエル・シェバはエルサレムの南西77キロの所にあるが,聖書のベエル・シェバは,それより2,3キロ東のビール・エ・サバとテル・エ・サバというふたごの町のあたりであったと思われる.
近年になって数多くの考古学上の発掘,発見がなされているが,特にテル・エ・サバは1969年以来,考古学者Y・アハロニの指揮のもとでテルアビブ大学考古学研究所による集中調査の対象となっている.

(出典:伊藤淑美『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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