《5分で分かる》ゼブルン(族)とは?

ゼブルン(族)とは?

ゼブルン(族)…

([ヘブル語]zebûlûn, zebûlun, zebulûn,[ギリシャ語]Zaboulōn) 族長ヤコブの第10子で,レアの息子としては末子で第6番目の子(創30:19‐20).その子孫がゼブルン族となった.ゼブルンの誕生の記事を見ると,[ヘブル語]イズベレーニー(「わたしを尊ぶだろう」と訳されている),および[ヘブル語]ゼーベドゥ(「賜物」と訳されている)の2つからこの名がつけられたようである.エジプトへ下って行く前に,ゼブルンにはセレデ,エロン,ヤフレエルという3人の子がいた(創46:14).この3人の子はそれぞれの氏族の祖となった.ゼブルンの部族は,割り当てられた相続地の多くを所有することができた.その相続地のほとんどが未開墾地で,大きな町がなかったためである(ヨシ19:10‐16).ゼブルンはキテロンとナハラルのカナン人を追い払うことができなかった(士1:30).ゼブルンの領地はガリラヤ地方の南部にあり,北西がアシェルと北東がナフタリ,南西がマナセと南東がイッサカルと四方を囲まれ,キション川が南の境界になっていた.ヤコブの祝福のことばに「ゼブルンは海辺に住み」(創49:13)とあるが,この言及はイッサカル族と共有した交易上の支配権を指すものと思われる(参照申33:18‐19).この両部族は同じ聖なる山を共有したようであるが(申33:19),これはゼブルンの領地の外にあったタボル山と思われる(参照士4:6).ゼブルンの地は小さい領地であったが肥沃な地であった.2度の人口調査で軍務につける者が5万7400人,6万500人登録されており(民1:31,26:27),イスラエルで4番目に大きい部族であった.ゼブルンはエバル山の側に立つようにモーセに命じられた(申27:13).士師時代に,ゼブルンはカナン人やミデヤン人との戦闘において名をあげた(士4:6,10,5:14,18,6:35).士師の一人エロンはゼブルン人から出た(士12:11).ダビデが全イスラエルの王になった時,ゼブルンは多大な軍事的,経済的援助をした(Ⅰ歴12:33,40/12:34,41).預言者ヨナはゼブルンのガテ・ヘフェルの出身であった(Ⅱ列14:25).ゼブルンはアッシリヤ王ティグラテ・ピレセル3世の侵略によって悲境に陥り(Ⅱ列19:29.参照イザ9:1/8:23),住民の多くが他の地に捕らえ移された.しかし,その後も部族としては存続し,ヒゼキヤ王の治世の過越の祭りに上京した者がいた(Ⅱ歴30:10‐20).新約ではマタ4:13‐16,黙7:8に言及があるだけである.イエスが育ったナザレの地は,かつてのゼブルンの地にあった.

(出典:村瀬俊夫『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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