《5分で分かる》シリアとは?

シリアとは?

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シリア…

(新共同訳)([ギリシャ語]Suria) 地名,およびその住民を指す場合も含めて,新約聖書では「シリヤ」,旧約聖書では「アラム」と表記されている.
地域名としての新約のシリヤは,ごく大ざっぱに言って現代のシリア・アラブ共和国とおよそ同じであるが,政治的にはローマ帝国の属州シリヤであり,たとえば現代のレバノンもこのシリヤ州の中に入っていた.福音書や使徒の働き/使徒言行録,ガラ1:21などに出てくるシリヤは,だいたいこのような,パレスチナの北隣の地域と考えてよい.
代表的都市はアンテオケである(参照使15:22‐23).なお,紀元70年にユダヤはシリヤ州から分離されて,ローマ帝国の一州となった.問題なのは,旧約のアラムである.旧約のアラムが新約のシリヤと,厳密には同じと言えない複雑さがある.
リベカの兄ラバンは「アラム人」と呼ばれている(創25:20等).ホセ12:12/12:13にもヤコブが逃れていったのがアラムと書かれている.また半異教的預言者バラムは「ユーフラテス河畔のペトル」の住人だが,「アラム」の地名がそこにも当てはめられている(民22:5,23:7).
このような用例を見ていくと,旧約時代のアラムは非常に広い地域を含み,その用いられる場合によって違った区域を指すことがある点を考慮しなければならない.上述の例などはメソポタミヤ地方を指すことになる.
同様にアラム人という呼称も,かなり複雑である.その祖先はセムの第5子アラム(創10:22‐23,Ⅰ歴1:17)ということになる(ナホルの孫にもこの名が見られる.創22:21).この名で呼ばれる人々がだいたいメソポタミヤ北部あたりにおり,いろいろな時代にいろいろな場所にその名が現れ,自分たちの国もつくったようである.
イスラエルが王国時代に入る頃には,アラム人の国はダマスコを中心としてだいたいまとまってくる.これが,イスラエル国,特に分裂後は北王国イスラエルと,非常に多くの交渉があったと旧約聖書が報告しているアラムという国である.このあたりでは,ほぼシリヤはアラムと同じであると考えてよい.
このアラム人の国はアッシリヤによって滅ぼされ(ティグラテ・ピレセル3世およびサルゴン2世の時),以後歴史からその姿を消す.
なお,アラム語とシリヤ語も,親戚関係の言語(セム系)であるが,別個な言語であるので混同してはならない.

(出典:千代崎秀雄『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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