《5分で分かる》シドンとは?

シドンとは?

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シドン…

([ヘブル語]sîdôn,[ギリシャ語]Sidōn) ツロと並んでフェニキヤの著名な町として聖書にしばしば登場する.この町の歴史は非常に古く,前14世紀のテル・エル・アマルナ文書にすでにその名が見られる.現代ではサイダという名で,レバノン共和国の小都市(人口2.5万人ほど)として存在する.首都ベイルートとツロとのほぼ中間に当たる.地中海に面する良港で,漁業に貿易に大いに活用された.
この町の名が聖書に最初に登場するのは創10:19からだが,イスラエル人との接触はヨシュア以後に始まる.イスラエルが獲得すべき領域の北限として指定され,ヤコブの預言ではゼブルンの領域がシドンに接することになり(創49:13),ヨシュアによる指定ではアシェル族の領域が「大シドンに至る」とされている(ヨシ19:28).
だが現実にはイスラエルはシドン人を駆逐できず(士1:31),逆にイスラエルは他の偶像と並んでシドン人の神々に仕えたと報告される(士10:6).このことはイスラエルが軍事的に押されていたのみならず,文化的にも先進地帯であったフェニキヤに押され気味であったことをうかがわせる.
この関係が最も深刻な形でイスラエルに影を落としたのは,北王国イスラエルのアハブ王の時であった.アハブはシドン人の王エテバアルの娘イゼベルと政略結婚を行った(Ⅰ列16:31).これは通商による利をもたらした反面,イスラエルの信仰とその存立を危うくした.
アハブを非難した預言者エリヤが,神の指示によって身を隠したのはシドンの属領ツァレファテ(サレプタ)であった(Ⅰ列17:8以下).これは神の支配と慈愛がこの異教の地にも及ぶことを示し,その含みをもって引用されている(ルカ4:26).
ただし,ツロとシドンの関係にはやや注意を要する.両者は同じフェニキヤ地方にあった別個の都市国家で,シドンはツロの北35キロ,両者の関係はライバル的であった.一時期はシドンが支配的地位にあったが,エテバアルの時代には逆転していた.事実としてはツロの王であるエテバアルが,シドン人の王と称されたのはそのためである.
両都市国家は共に,領域が小さい割には富強を誇り,進んだ文化を誇るところがあったようで,イスラエルの預言者たちからそういう点を非難されている(イザ23章等).アッシリヤ,バビロン,ペルシヤ,ギリシヤの興隆と侵略の波が何度もこの地方を洗った.
新約時代には,ガリラヤに接している関係から,この地方の人々がイエスに接し,その説教を聞く機会があったことが福音書に報じられている(マタ11:21,15:21等).

(出典:千代崎秀雄『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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