《5分で分かる》キプロスとは?

キプロスとは?

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キプロス…

([ギリシャ語]Kupros) 「銅」という意味.地中海の東端にある大きな島の一つで,シリヤから96キロ,キリキヤの海岸から65.6キロの所にある.東西176キロ,南北48―80キロの大きさであり,北東隅から9キロの幅で長さ64キロに及ぶ岬が突出している.島は銅鉱に恵まれているので,キプロス(銅)という名がついた.
キプロスは,旧約ではエリシャ(創10:4),キティム(民24:24)として言及されている.創10:4でキティム人と呼ばれている人々は,後に島に定住したのかもしれない.キプロスという名称が歴史上最初にその名を現したのは,エジプトのトゥトメス3世(前1436年頃没)がこの島を占領した時である.
新約ではこの島はキプロスと言われている.バルナバと呼ばれるヨセフの故郷(使4:36)である.キプロスの教会は最初の迫害の逃亡者によって増加した(使11:19‐20).パウロとバルナバは第1回伝道旅行の時,サラミスからパポスまでこの島を旅行した(使13:4‐13).パポスではバルイエス(魔術師エルマ)と総督セルギオ・パウロに出会った.その後バルナバはマルコを伴って再度キプロスを訪問している(使15:39).パウロはその近くを2度航海した(使21:3,16,27:4).聖書にはその後,この島についての言及はないが,キプロスの教会は繁栄し続け,紀元325年のニカイア総会議には3人の主教を送ったほどである.
島には新石器時代の定住跡がある.青銅器時代の文化は小アジヤとシリヤとの接触があったことを示している.前15世紀クレテのミノア文明がキプロスに広がり,前14世紀にはミケーネ人の植民化の痕跡がある.おそらくこの時期に銅山(銅はローマ時代に島にちなんだ[ラテン語]cypriumという名で有名となる)が栄えた.そのためこの頃キプロスは周辺の国々の記録に現れている.前15―12世紀にはミノア・ミケーネ文化が支配した.島は海の民の通路にあり,エンコミとシンダの発掘により,ミケーネ陶器の後期の型がわかっている.パレスチナのペリシテの陶器は明らかにここから発展したものである.前9―8世紀にフェニキヤ人が定住したが,ギリシヤ人の勢力が強かった.6世紀にエジプトが,前525年にペルシヤが,前333年にアレクサンドロス大王が,その後プトレマイオス王朝が支配した.前58年にローマの領土となり,前22年,元老院に移管され,そのため支配者は地方総督(プロコンスル)の称号をとった.紀元55年頃の碑文がパポスで発見されたが,これに「パウロスが地方総督の時」ということばがあり,使13:7のセルギオ・パウロであることを支持する.

(出典:油井義昭『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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