《5分で分かる》オリーブ山とは?

オリーブ山とは?

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オリーブ山…

キデロンの谷を隔ててエルサレムの東にある山.中央・南パレスチナを南北に走る山脈の一部で長さ4キロにわたる峰であるが3ないし4つの標高800メートル前後の山から成っている.使1:12ではエルサレムから「安息日の道のりほどの距離」(ヨセフォスによればおよそ1キロ)と言われている.昔はオリーブが豊かに茂っていたところからこの名がつけられたが(参照ネヘ8:15),今日ではオリーブの木は見られず,荒涼としており,ところどころにユダヤ人の墓が見られる.この山は今日,アラビヤ人によってジェベル・エト・トゥール(主要な山,聖なる山)と呼ばれている.
この山は旧約聖書に何度か登場する.まず,ダビデが息子アブシャロムの謀反にあった時,頭を覆い,はだしで都落ちし,オリーブ山の坂を登って(Ⅱサム15:30),山頂から(Ⅱサム15:32)バフリムへ逃れた(Ⅱサム16:5).山頂の礼拝所(Ⅱサム15:32)はノブの聖所と同一視されているが正確な位置は不明.ソロモンが晩年,異邦の妻たちの影響下で,ケモシュやモレクなどの偶像神の礼拝所を築いた「エルサレムの東にある山」(Ⅰ列11:7)とはオリーブ山のことである.このおよそ300年後,ユダのヨシヤ王は,その偶像礼拝所を破壊して宗教改革を断行した(Ⅱ列23:13).エゼキエルは幻の中で,主の栄光の象徴であるケルビムがエルサレムから離れ,オリーブ山に移るのを見た(エゼ11:23).一方ゼカリヤは,終末の時,メシヤがオリーブ山に立つ,と預言する.その時,「オリーブ山は,その真ん中で2つに裂け,東西に延びる非常に大きな谷ができる.山の半分は北へ移り,他の半分は南へ移る」(ゼカ14:4)と言われている.
新約聖書においては,この山はイエスの生涯の最後の1週間と深いかかわりが見られる.イエスは十字架にかかられる前の日曜日,オリーブ山のふもとにあるベタニヤ,ベテパゲを通ってエルサレムに向かった(マタ21:1,マコ11:1).その途上,民衆から,「ホサナ,ホサナ」と歓呼の声をもって迎えられた(ルカ19:37).その週,イエスは昼間は神殿へ行って教えを説かれたが,夜はオリーブ山に帰って,祈りの時を持たれたようである(ルカ21:37).しかし,世の終わりの教えは特別オリーブ山で語られた(マタ24:3,マコ13:3).最後の晩餐はエルサレムでとられたが,その後オリーブ山へ退き(マタ26:30,マコ14:26),ゲツセマネの園で祈られた.そして復活後40日たってイエスはこの山から昇天された(使1:12).
以上のようなイエスの歩みとの深いかかわりから,このオリーブ山にはイエスを記念した多くの礼拝堂が建てられた.中でも,昇天の朝,弟子たちと会合したと信じられている場所に建てられたエレオーナ礼拝堂,昇天の場所と考えられた所に建てられた八角形の教会,最後の晩に祈られたゲツセマネの園の教会などが有名である.これらはいずれも4世紀の終わりに建てられたが,7世紀初めにペルシヤ軍によって破壊され,その後十字軍によって再建されるが,再び13―14世紀にイスラム教徒によって破壊されるという歴史を持ち,今日ではその基礎の部分などが発掘されている.

(出典:中沢啓介『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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