《5分で分かる》オムリとは?

オムリとは?

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オムリ…

([ヘブル語]ʽomrî) 「主の礼拝者」という意味であると思われる.⒈北王国イスラエルの6番目の王で(前885―874年),オムリ王朝の創始者.聖書以外の記録の中に出てくる最初のヘブル人君主であることから見ると,当時の世界に重要な役割を果たしていたものと思われる.モアブの王メシャは,モアブの碑石の中で,オムリがモアブを攻め苦しめたことを記している.オムリの死後,アッシリヤの記録でしばしば北パレスチナについて「フムリ(オムリ)の地」として言及していることは,さらに重要なことである.オムリはイスラエルの王バシャの子エラの将軍であった.エラがジムリに殺された時,オムリはその陣営で王と宣言された.この時,軍隊はギベトンに対して陣を敷いていた.この町はペリシテと北イスラエルとの間で絶えず争奪戦が繰り広げられていたが,当時は,ペリシテ人の地であったようである(Ⅰ列15:27,16:15).オムリは全イスラエルを率いてギベトンから攻め上り,ティルツァを包囲した.ジムリは町が攻め取られるのを見ると,王宮の高殿に入り,自ら王宮に火を放って死んだ(Ⅰ列16:17‐18).オムリが北イスラエルを全面的に征服するまでにはさらにしばらくの抵抗があった.民の半分は,ギナテの子ティブニに従って彼を王としようとしていたからである.しかし,4年間ほどの戦いの後結局オムリが勝ち,この戦いの期間も含めて,オムリはティルツァで6年間王であった.その後,首都をサマリヤに移し,さらに6年間ほど統治が続いた.このサマリヤは東西に長い台地で見通しがよく,戦略的にも恵まれた地であり,この時以降北イスラエルの首都となった.サマリヤという名は,シェメルという人物の名にちなんで名づけられた.オムリが,シェメルからその土地を買い取ったからである(Ⅰ列16:24).このサマリヤの選定は,ダビデがエルサレムを選んだことに匹敵するほどの功績であった.オムリがフェニキヤと交渉を持っていたことは,その子アハブをシドン人の王エテバアルの娘イゼベルと結婚させたことによってもわかる.「オムリは主の目の前に悪を行い,彼以前のだれよりも悪いことをした」(Ⅰ列16:25).
⒉ベニヤミン族ベケルの子(Ⅰ歴7:8).
⒊ユダの子ペレツの子孫で,イムリの子(Ⅰ歴9:4).
⒋ダビデ王の時代に,イッサカルの部族の長であった者で,ミカエルの子(Ⅰ歴27:18).

(出典:竹本邦昭『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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