《5分で分かる》エズラとは?

エズラとは?

エズラ…

⒈([ヘブル語]ʽezrāh) 「助け」という意味.ユダの子孫.エテル,メレデ,エフェル,ヤロンの父.エズラ自身がだれの子であるかは系図上明らかでない(Ⅰ歴4:17).
⒉([ヘブル語][アラム語]ʽezrā’)「神は助ける」という意味.⑴大祭司アロンの子孫で,バビロン捕囚からの第2回帰還の時の有力な指導者(エズ7:1).彼はペルシヤ王アルタシャスタの治世の第7年の第5の月にエルサレムに着いた(エズ7:8).エズラはモーセの律法に精通し,学者として指導的な立場にあった.彼は王によるエルサレム帰還の許可書を携えて,約1500人をバビロンから(エズ8:1以下),258人をカシフヤ地方から連れてきた(エズ8:17以下).エズラの任務は,律法学者であり祭司である立場上,帰還した者たちを中心に祭儀上の改革をなすことにあった.第1回の帰還はクロス王によって実施され,ゼルバベルの指揮のもとに42360人のユダヤ人がエルサレムに戻った(エズ2:64).彼らは神殿再建のために力を尽くしたが,妨害にあい,やむなく工事を中止し,18年の歳月が過ぎてしまった.預言者ハガイ,ゼカリヤは民を励まし,神殿再建復興に拍車をかけ,王ダリヨスの思いがけない許可を得て,やっと完成するに至る(エズ6:15).エズラが歴史の舞台に登場するのは,それよりなお50余年後のことである.その頃になると民全体の信仰は,堕落の一途をたどるようになっていた.エズラはこのような状態を見て,祭司の立場から祭儀的改革を施し,人々の心を主に向けようとした.彼は人々に律法を教え,異教徒との混交をきびしく禁じた.後年ユダヤ教が,書かれた律法を中心に展開していったのも,エズラの改革に端を発していたと見ることができる.
エズラの帰還の年代に関して,ネヘミヤ記との調整から,アルタシャスタをアルタクセルクセス1世でなく2世と見て,その時期を遅らせて調和をはかろうとする説がある.これはエズラ記に出てくる大祭司ヨハナン(エズ10:6)がネヘミヤの時代の大祭司エルヤシブの孫であり,どうしてもエズラの帰還(前458年)をネヘミヤの帰還(前445年)より後に持ってこざるを得ないというものである.考古学的には,アラム語で書かれた前407年頃のエレファンティネ・パピルスの中に,エルサレムの大祭司ヨハナンの名が出てくる.これによってエズラの帰還を前407年前後に下げようとするが,確定は困難である.
⑵シェアルティエルの子ゼルバベルおよびヨシュアと共にエルサレムに帰還した祭司の一人(ネヘ12:1).
⑶ネヘミヤの時代に完成した城壁の奉献式に参加した祭司の一人(ネヘ12:33).

(出典:久保田周『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

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