《じっくり解説》聖書の言語とは?

聖書の言語とは?

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聖書の言語…

1.旧約聖書の言語.<復> (1) ヘブル語.ヘブル語(あるいはヘブライ語)はインド・ヨーロッパ語族とは別のセム語族に属し,セム語族の中でも北西セム語に分類される.旧約聖書はダニエル2:4‐7:28,エズラ4:8‐6:18,7:12‐26,エレミヤ10:11,それに創世31:47中の2語を除きすべてヘブル語で記されている.ヘブル語という名はヘブル人(創世14:13,39:14,17,Ⅰサムエル14:11等)に由来し,ヘブル人はセムの子孫エベル(`e~b_er.創世10:21,24)に由来する.しかしヘブル語という用語そのものは旧約聖書には見られず,外典「ベン・シラの知恵」(新共同訳旧約聖書続編では「シラ書」)序21‐22節(序は前132年,ある学者によれば前116年に書かれた)に使われているのがこれまでのところ最古の用例である.新約聖書(ヨハネ5:2,19:13,17,20,20:16,使徒21:40,22:2,26:14,黙示録9:11,16:16)やユダヤの歴史家ヨセフス(紀元37年頃生れ1世紀の終り頃まで生きた)の著作の中での「ヘブル語」は,一般にアラム語のことを指したと言われるが,その時代にもヘブル語はある地域やある階層の人々にはまだ日常語として使われていたと思われるので,ある場合にはヘブル語への言及であったのかもしれない.<復> イスラエル人たちの使っていた言語は聖書では「ユダのことば」(Ⅱ列王18:26,28,イザヤ36:11,Ⅱ歴代32:18.ネヘミヤ13:24では「ユダヤのことば」と訳されている)と呼ばれている.これは北王国イスラエルの言葉に対する南王国ユダの言葉というよりは,むしろアッシリヤ帝国あるいはペルシヤ帝国の公用語アラム語に対してユダ(ヤ)地方の言葉,ヘブル語を指すものとして用いられているようである.イザヤ19:18ではユダの言葉が「カナン語」と言われているが,これはヘブル語がエジプトの言葉に対してカナン地方の一つの言語であることを意味しているのだろう.<復> 旧約聖書時代のヘブル語は前10世紀の「ゲゼルの農事暦」,前9世紀のサマリヤ文書(陶器の破片に記された文書でオストラカと呼ばれる.単数はオストラコン),前8世紀のシロアム碑文やアラド書簡(オストラカ),エルサレム陥落(前586年)直前のラキシュ書簡(オストラカ)等にその例が見られるが,本質的には聖書ヘブル語と同じで,古典ヘブル語と呼ばれる.聖書ヘブル語は聖書記者の時代の古典ヘブル語で,前2千年期の中頃から前400年頃まで千年余りのイスラエル人の言語を反映しているものと思われる.こうした長期間の時の経過により聖書ヘブル語にはいろいろな変化と多様性が見られる.五書においては11回の例外を除き,三人称単数の独立人称代名詞には男性女性の区別がない.しかしヨシュア記以後の聖書ヘブル語では明瞭に男性女性の区別がされている.もともと古典ヘブル語では三人称の独立人称代名詞には男性女性の区別がなかったのではないかと推論する者もいる.しかし,このことについては他の言語(例えばフルリ語)の影響によると説明する学者もいる.また,韻文には古い文体や語が用いられる傾向があると言われる.これを簡単に公式化するわけにはいかないが,旧約の詩文にも散文とは異なった要素が確かにある.散文ではwaw‐consecutiveあるいはwaw‐conversiveと呼ばれる接続詞で動詞を次々につないで文を綴っていく語りの接続構文(narrative sequence)が頻繁に用いられるが,詩文ではこの構文があまり用いられない.またyqt∵l形(形の上では未完了形と同型)が,qt∵l形(完了形)やwan(waw‐consecutiveの仮想的な形)+yqt∵l形(結果としてwyyqt∵lとなりqt∵l形に相当する働きをする.説話接続構文の一つ)の代りに用いられることがある.yqt∵lがqt∵lと同じように用いられるのは,前1190年頃滅んだウガリットの詩文テキストに見られる現象である.そのほか,あるヘブル詩文(例えば詩篇68篇など)では冠詞を使わない傾向がある.古典ヘブル語が所属する西セム語で冠詞が使用されるようになったのは前1200年以後のことであると言われるが,もしこの推論が正しければ,冠詞が使われていないのは前1200年以前の西セム語の言語状況に由来する古文体的現象であると言うこともできる.以上ほんの二,三の例を挙げたにすぎないが,ウガリット詩文やその他の中近東古代文書の研究により,聖書ヘブル語,特に詩文形式の箇所に数々の古代語法や語句の名残が見られると言われる.<復> 聖書ヘブル語は千年余りにわたる歴史の中で,当然のことながらその周りの文化,言語の影響を受けてきた.周りのカナン語の影響は言うまでもないが,特に語彙の上でシュメール語,アッカド語(バビロニヤ語とアッシリヤ語),エジプト語,アラム語,ペルシヤ語,さらにギリシヤ語などの直接,間接の影響を受けていると考えられる.しかしアラム語の影響が見られるからと言って,それがペルシヤ時代(前539—331年)のものかというと必ずしもそうではない.アッシリヤ帝国(前853—612年)の時代でもヒゼキヤの時代(前729—687年)にはアラム語がすでに外交上の世界語になっていた(Ⅱ列王18:26).ダビデ王の時代にシリヤのアラムはイスラエルの属国となった(Ⅱサムエル8:6,10:19).前1000年以後にヘブル語とアラム語との何らかの接触があっても不自然ではない.さらに前2千年期初期の時代背景を持つと見られる創世31:47ではヤコブとラバンの間でヘブル語とアラム語が区別されている.私たちの現在知っているいわゆる聖書ヘブル語や初期アラム語と同じものでなかったかもしれないが,少なくともそれぞれのさかのぼり得る二つの言語であったと考えられる.ペルシヤ語の影響,ギリシヤ語の影響についても同様で,それらはペルシヤ時代(前539—331年)やヘレニズムの時代(前331—63年)以前にも考えられる.雅歌4:13や伝道者2:5にパルデース(parde~s「園」)という,ペルシヤ語に由来する語が見られるからと言って雅歌や伝道者の書がペルシヤ時代に書かれたとは言えない.雅歌は1:1は別としても,6:4の記述から,遅くともオムリが都をティルツァからサマリヤに移す(Ⅰ列王16:24.前880年頃)前に記されたと考えられる.ペルシヤのゾロアスター教の聖典アヴェスタの最古層は前1000年頃にさかのぼり得ると言われることを考慮するなら,ソロモン時代の著作にペルシヤ語に由来する語が使われても不思議ではない.雅歌3:9のアピルヨーン(’appiryo^n「みこし」)は異論はあるもののギリシヤ語に由来すると言われるが,だからと言って雅歌がヘレニズム時代の所産だということにはならない.前1450—1200年頃に栄えたクレタ島のミュケーナイ文明の残した線文字Bが古代ギリシヤ語であることが証明されたことを考えるなら,雅歌にギリシヤ語を思わせる語が見られるのも当然のことである.同様にダニエル書にギリシヤ語からの借用語があるからと言って,ダニエル書がヘレニズムの時代に記されたとの結論は下せない.<復> 聖書ヘブル語には時の落差による多様性とともに,地域の広がりからくる多様性,すなわち方言による多様性も見られる.地域による言葉の違いは聖書自身の証言するところで,エフライムの人たちはshiと発音できず代りにsiと発音したことがわかる(士師12:6).またサマリヤのことばでは重母音アイが長母音エーと変化されていたようで,サマリヤ文書(オストラカ)では例えばヤイン(yayin「ぶどう酒」)をイェーン(ye~n)と読むように綴っている.次にまた雅歌のことになるが,この書物では表題の1:1以外はすべて関係詞アシェル(’as▽er)の代りにシェ(s▽e.1:7ではシャs▽a)が使われている.シェはミシュナ・ヘブル語(紀元200年頃ユダヤ教の口伝が成文化されたミシュナによって代表されるヘブル語)の関係詞で,一時代前まではこの語が見られると聖書ヘブル語後期のものだと判定されがちであった.しかし聖書でも最も初期の詩文の一つとされる士師記のデボラの歌にも,シェの同類シャが見られるし(5:7),フェニキヤ語やアッカド語等にもそれに相当する語がある.ウガリット語などの研究により,ミシュナ・ヘブル語は,聖書ヘブル語には見られないがウガリット語に見られる語彙等を受け継いでおり,必ずしも聖書ヘブル語の直線上に発展した後期のヘブル語だとは言い切れない要素を多分に含んでいることが明らかになってきた.ある学者たちはミシュナ・ヘブル語は聖書時代の口語ヘブル語を継承していると言い,またある学者たちは北イスラエルのヘブル語の伝統を多く受け継いでいると言う.ミシュナ・ヘブル語の色彩が濃いと言われる雅歌や伝道者の書のヘブル語は,書き言葉に対して話し言葉の性格が強いのか,あるいは南ユダの言葉に対して北イスラエルの言葉なのか,どこかこの辺りにその真の姿を求めるべきではなかろうか.<復> 以上見てきたように聖書ヘブル語には多様性が認められる.しかし千年余りの幅のある言語としては驚くほどの統一性があると言われる.その一つの理由として,ちょうどコーランのアラビヤ語がその後の標準アラビヤ語のモデルになったように,五書のヘブル語がその後の聖書ヘブル語のモデルになっていることが考えられる.また現代伝えられている聖書のテキストは,その読みにおいては8—10世紀のテベリヤ学派の努力によるものであり,その努力の過程で聖書全体の読みの統一がとられたことも考慮に入れるべきである.ケティーブ(子音字テキスト)とケレー(読み)の違いはこうした統一の企てを物語っている.<復> (2) アラム語.ヘブル語と同じ北西セム語に属する言語.聖書外文献でアラム語が文書として残されているのは前10—9世紀以後であるところから,前2千年期初期のアブラハム,イサク,ヤコブのアラム的要素を時代錯誤だとする見解が一般的であるが,必ずしも決定的ではない.アッカド帝国の王ナラム・シンのある碑文(前23世紀)ではユーフラテス上流のある地域を指して「アラム」という名が使われている(反論もあるが)し,マリの文書(前18世紀)ではアラムが個人名として出て来る.今のところ聖書以外には前2千年期前半のアラム人の存在についてそれを支持する確かな証拠は何もないが,聖書の記述を積極的に否定する証拠も全くない.創世31:47に見られる2語のアラム語については前2千年期初期のアラム語を何らかの形で反映しているだろうとの推測以上には何も言うことはできない.<復> 通常,前10世紀—前700年頃のアラム語は古代アラム語と呼ばれ,シリヤ・パレスチナやメソポタミヤに浸透していった本来のアラム人の用いた言語を指す.アッシリヤ帝国がアラム人の勢力を打破し,強制移住によりアラム人を新アッシリヤ帝国内に吸収した結果,民族的・人種的な意味でのアラム人は消滅していったが,それと同時にアラム人は通商活動を通し新アッシリヤ帝国に大きな影響を与え,結果的にはアラム語を帝国内に広めていった.アラム語はそれまでの世界語であったアッカド語に比べて特に簡便であったわけではないが,それを表記するのに用いられたアラム文字(フェニキヤのアルファベットを借用し徐々に発展させたもの)は22文字で,多数の煩瑣なアッカド語の楔形文字に比べてはるかに簡便であった.そのためアラム語が新アッシリヤ帝国内の公用語として用いられるようになり,やがて通商や外交の国際語としてアッカド語に取って代った(Ⅱ列王18:26).新アッシリヤ帝国の後を継ぐ新バビロニヤ帝国でもアラム語が公用語として用いられた.そして,当時はバビロンでもアラム語が日常の話し言葉として用いられていた.バビロンに捕え移されたユダの民はこのアラム語によって決定的な影響を受け,捕囚から帰還した時にはヘブル語のよく理解できない者が相当いたのではないかと想像される.さらに新バビロニヤに代って覇権を握ったペルシヤ帝国でも,アラム語は公用語また国際世界語としてさらに広大な地域で用いられた.新アッシリヤ帝国時代からペルシヤ帝国時代にかけて(前700—331年頃)公用語として用いられたこのアラム語は,公用アラム語(Official Aramaic)あるいは標準アラム語(Standard Aramaic)と呼ばれ,特にペルシヤ帝国時代のアラム語は帝国アラム語(Imperial Aramaic)と呼ばれる.聖書で用いられているアラム語(ダニエル2:4‐7:28,エズラ4:8‐6:18,7:12‐26,エレミヤ10:11)はこの公用アラム語で,特にダニエル書とエズラ記のアラム語はペルシヤ時代の帝国アラム語である.帝国アラム語は語彙の面ではもちろんのこと構文の面でもアッカド語の影響を強く受けている.動詞が文末にくる傾向があるのも,その一例である.その他ペルシヤ語,ギリシヤ語などからの借用語もしばしば見られる.アラム語はヘブル語と同じ北西セム語に分類されていることからもすぐわかる通り,ヘブル語に非常に近い言語であり,特に聖書アラム語は聖書ヘブル語と共通の語彙を多く持っている.<復> 公用アラム語はペルシヤ帝国の崩壊とともに世界語(lingua franca)の地位をギリシヤ語に譲ることになるが,アラム語は,公用アラム語から地方ごとに特色のある地方語に変化してなお生存し続け,キリストの時代には世界語となったギリシヤ語とともにユダヤ人の重要な日常語として用いられ続けた.しかしクムラン文書の中ではヘブル語で書かれたものがアラム語で記されたものよりも圧倒的に多い事実を考慮するなら,ヘブル語は日常語としてもなお死んではおらず,少なくともある階層の人たちやある地域の人たちにより話されていたのではなかろうか.<復> 2.新約聖書の言語.<復> 新約聖書はコイネー(koine~「共通語」,あるいは「常用語」)と呼ばれるギリシヤ語で記されている.コイネーは古典ギリシヤ語のもととなったアッティカ方言にその他の諸方言が混入して出来上がったもので,ヘレニズム世界の共通語であり世界語となったギリシヤ語のことである.アレクサンドロス大王の東方遠征(前334—323年)以前にもすでにギリシヤ文化の波は中近東に及んでいたが,東方遠征が契機となって,アレクサンドロスの征服地に決定的なヘレニズム化(ギリシヤ化)が進んだ.このヘレニズム化の中で古いギリシヤ語の諸方言の垣根が取り除かれ,諸方言が混合して新しいギリシヤ語を形成しつつ,ヘレニズム世界に広がっていった.しかし結果的にはアッティカ方言がその主流を成しており,コイネー・ギリシヤ語は,アッティカ方言をもととしている古典ギリシヤ語に続く言語と言うことができる.そしてこのコイネー・ギリシヤ語は,さらにビザンチン・ギリシヤ語,そして現代ギリシヤ語へと続いていくのである.アレクサンドロス大王の後にヘレニズムの世界を統一したローマ帝国でもヘレニズム文化は生き続け,コイネー・ギリシヤ語はローマ帝国の東部では依然として公用語であり共通語であった.首都ローマでさえも上流,下流の社会階層を問わずギリシヤ語がラテン語と同じように使われていたようで,ローマのクリスチャンたちも明らかにギリシヤ語を話していた.パレスチナでは,前63年にポンペーイウスによりローマ帝国に統合されて以来,ラテン語が持ち込まれたが,ラテン語は支配者であるローマ人(主として官吏と軍隊)によって専ら用いられ,パレスチナの住民にはあまり浸透しなかったようである.日常語としてはアラム語とギリシヤ語,それにヘブル語(ある地域,ある階層においてではあるが)が用いられていたと考えられる.こうした当時の言語状況の下で新約聖書がコイネー・ギリシヤ語で記されたことは,宣教的な見地から見て大いに意味のあることであった.<復> コイネー・ギリシヤ語の大きな特徴は,古典ギリシヤ語と比較すると語彙の面でも文法の面でも単純化されていることである.例えば古典ギリシヤ語では発話の微妙なニュアンスを表現する接続小辞が非常に豊富であったが,コイネー・ギリシヤ語には限られたものしか残っていない.古典ギリシヤ語で使われていた双数(2の数を表す特別な形)は使われないし,希求法(optative)もまれにしか用いられなくなっている.<復> コイネー・ギリシヤ語は前330年頃から紀元330年頃までおよそ600年にわたって用いられた言葉であり,また東はインドから西はスペインに至る広大な地域で使われた言語であるため,当然のことながら時代と地域,あるいは個人によって多様性に富んでいる.その中にはユダヤ人の歴史家ヨセフス(紀元37/38—100年頃)やアレキサンドリアのユダヤ人哲学者フィローン(前25/20—紀元45/50年)の古典的な色彩のある文学的な書き言葉としてのコイネー・ギリシヤ語から,パピルス(エジプトで発見されたもの)や碑文に見られる日常語的色彩の濃いもの,さらにどちらかと言えば貧しい人たちが書き付けたと思われるオストラカ(メモやごく短い手紙などのための筆記用の陶器の断片)のギリシヤ語まで,多様なコイネー・ギリシヤ語がある.新約聖書のギリシヤ語は,前世紀までは,ヘブル語やアラム語によって歪められたギリシヤ語だとか,あるいは聖霊の言語だとかと言われ,ヘレニズム期のギリシヤ語から切り離され特別視されがちであったが,A・ダイスマンの研究により上述のパピルス文書や碑文に多く見られるヘレニズム世界に共通の常用語の一形態であることが初めて示された.しかしその常用語の中にあって,新約聖書のギリシヤ語にはなお特徴がある.一つにはヘブル語語法の反映であり,これは旧約聖書のギリシヤ語訳70人訳の影響だとされる.特に五書の70人訳ではヘブル語テキストへの畏敬からヘブル語語法の影響を強く受けたギリシヤ語になっていると言われる.こうした70人訳を用いる聖書記者たちを通して新約聖書のギリシヤ語にヘブル語語法の影響が及んだと考えられる.また新約聖書記者たちの多くはヘブル語かアラム語を母国語としていたと思われるので,無意識のうちにも彼らの書くギリシヤ語はヘブル語化ないしはアラム語化されたもの(ヘブル語化かアラム語化かの区別はしばしば非常に困難である)になったとも考えられる.ただしここで注意しなければならないのは,パピルスや碑文の研究が進むにつれ,今までヘブル語的表現,あるいはアラム語的表現だと考えられていたものが,実は当時の常用語の表現であることがわかった例が少なくないという事実である.<復> 新約聖書ギリシヤ語ではまた,在来の語が聖書独自の新しい意味を持たされた語彙が目立つ.幾つか例を挙げると「栄光」(doksa),「教会」(ekkle~sia),「悪霊」(daimo~n),「執事」(diakonos),「長老」(presbuteros),「監督」(episkopos),「御使い(天使の意)」(angelos),「聖書」(graphe~),「義」(dikaiosune~),「伝道する,福音を伝える」(euangelizo~)等が挙げられよう(これらのうちあるものは70人訳から引き継がれたもの).この現象は啓示の書物である聖書の特異性を示すもので,人の世になかったものを人の世の言葉で表現しようとする時,避けられないことである.これら聖書独特の語彙は,舟喜順一の言葉を借りれば「聖書用語」とでも呼ぶことができよう.<復> 以上新約聖書のギリシヤ語を他との比較で見てきたが,新約聖書のギリシヤ語それ自体にも筆者,書物の内容,その他の要因による多様性が見られる.一例を挙げると,ルカの福音書,使徒の働き,それにヘブル人への手紙は文学性に富んだ格調の高いギリシヤ語であり,ヨハネの福音書は平易な口語調のギリシヤ語で,繰り返しが多いと言われる.しかしこうした問題はむしろ新約聖書の文体論で論じられるべきだろう.→聖書写本,聖書本文,聖書翻訳.<復>〔参考文献〕(旧約)津村俊夫「ヘブル語とユダヤ人」『アフロアジアの民族と文化』(矢島文夫編)(民族と世界史11),pp.267—88,山川出版社,1985;村岡崇光「聖書の言語(旧約)」『新聖書・キリスト教辞典』pp.707—11,いのちのことば社,1985;Blau, J./Brovender, C./Kutscher, E. Y./Goldenburg, E./Eytan, E., “Hebrew Language,” Encyclopaedia Judaica, Vol. 16, pp. 1560—662, Keter Publishing House, 1971 ; Bruce, F. F., The Books and the Parchments (rev. ed.), Fleming H. Revell Company, 1963 ; Gordon, C. H., “Hebrew Language,” The Interpreter’s Dictionary of the Bible, Supplementary Vol., pp. 392—4, Abingdon, 1984 ; Kutscher, E. Y., A History of the Hebrew Language, The Magness Press, 1982 ; Martin, W. J./Kitchen, K. A., “Language of the Old Testament,” The Illustrated Bible Dictionary, Part 2, pp. 874—8, IVP, 1980 ; McFall, L., “Hebrew Language,” The International Standard Bible Encyclopedia, Vol. 2, pp. 657—63, Eerdmans, 1982 ; Rabin, C., “Hebrew,” Linguistics in South West Asia and North Africa (Sebeok, T. A.〔ed.〕)(Current Trends in Linguistics 6), pp. 304—46, Mouton, 1970;高階美行「アラム語の世界」『アフロアジアの民族と文化』(民族の世界史11),pp.288—310,山川出版社,1985;Greenfield, J., “Aramaic,” Interpreter’s Dictionary of the Bible, Supplementary Vol., pp. 39—44, Abingdon, 1984 ; Kutscher, E. 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(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社