《じっくり解説》伝道とは?

伝道とは?

伝道…

1.定義.<復> 以下に挙げるのは英国教会において1918年に作成されたものであり,最も良い定義として世界的に用いられている.「伝道することとは,人々がキリスト・イエスによって神に信頼を置くように,また彼らの救い主として彼を受け入れるように,そして,彼の教会の交わりにおいて彼らの王として彼に仕えるように,聖霊の力によってキリスト・イエスを提示することである」.この定義は,以下のように四つに区分することができる.<復> (1) キリスト・イエスを提示すること.われわれの思想,われわれの計画,われわれの組織ではなく,あくまでもキリスト御自身を提示することである.われわれはこのただ一つのメッセージしか持っていないのである.パウロは,「私は,あなたがたの間で,イエス・キリスト,すなわち十字架につけられた方のほかは,何も知らないことに決心したからです」(Ⅰコリント2:2)と言っている.それがわれわれのメッセージでなければならないのである.<復> (2) 聖霊の力によって.われわれの伝道の多くは,われわれ自身の肉の力によってしまっている.聞く者を感動させようとして,あるいは自分自身を賢く見せようとして伝道しているのである.われわれは,聖霊の力に全面的に頼らなければならない.<復> (3) 神に信頼を置くように,また彼らの救い主として彼を受け入れるように,彼らの王として彼に仕えるように.われわれの救い主として,キリストはわれわれの罪のために十字架に死んで下さったのである.彼こそよみがえられた王であり,われわれの生活を支配される方である.彼はわれわれの主人となられ,主となられたのである.<復> (4) 教会の交わりにおいて.伝道は,キリストを信じた人々が教会に導かれ,再生産できる弟子として教会に組み入れられるまで完結したとは言えない.それゆえに,伝道は教会によって指導され,調整され,結実は教会にもたらされなければならない.教会の建設は,キリストの団体を地上に設立することなのである.<復> 伝道とほぼ同じ意味で用いられることばに宣教があるが,伝道は未信者に対して福音を宣べ伝える働きに対して,宣教は伝道を含む教会の様々な働きに対して使われることが多い.伝道を扱う宣教学は実践神学に属している.<復> 2.伝道の動機.<復> なぜ伝道しなければならないのか.伝道の動機となるものは何か.<復> (1) キリストの宣教命令.「わたしには天においても,地においても,いっさいの権威が与えられています.それゆえ,あなたがたは行って,あらゆる国の人々を弟子としなさい」(マタイ28:18,19).「全世界に出て行き,すべての造られた者に,福音を宣べ伝えなさい」(マルコ16:15).これは提案ではなく,命令である.すべてのキリスト者に与えられた,キリスト御自身の命令なのである.<復> このすべてのキリスト者に与えられた伝道の使命に対して,誤解が見られる.(a)あかし人の召命についての誤解.伝道は,牧師,宣教師など特別な召命を受け,フルタイムで伝道に専心する人または各種伝道団体の任務で,自分の仕事ではないというものである.(b)あかし人の資格についての誤解.自分は経験,教育,才能がないからあかし人になれないというものである.<復> 以上の誤解とともに,三つの欠如しているものがある.(a)あかし人にふさわしい,キリストにある心と生活の欠如.キリストと人々への愛の心,きよめられた生活の欠如のゆえに,この世と妥協し,積極的に伝道しようとしないのである.(b)あかし人にふさわしい備えの欠如.聖書の生きた知識と祈りがあれば,必ず聖霊によって強められ,伝道が可能となるのである.(c)あかし人としての実践の欠如.多忙,怠惰,臆病,拒否される不安,そして実践計画や目標がないのである.すべてのキリスト者は,聖霊とみことばと祈りによって,以上の誤解と欠如から解放され,整えられて,あかし人としての任務を果すべきである.<復> (2) キリストの愛の迫り.パウロは,「というのは,キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです」(Ⅱコリント5:14)と言っている.キリストを愛する者,キリストによる真の経験を持ち,キリストが心の中に住んでいるならば,そのキリスト者は,自分の耳で聞き,目で見,手で触った者,すなわち,実際に体得した者として,キリストをあかししないわけにはいかないのである.<復> (3) 主に対する恐れ.パウロは,「私たちはみな,キリストのさばきの座に現れて,善であれ悪であれ,各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです.こういうわけで,私たちは,主を恐れることを知っているので,人々を説得しようとするのです」(Ⅱコリント5:10,11)と言っている.神は愛の神,恵みとあわれみの神であるとともに,義なる審判の神でもある.これは聖書が明確に啓示するところである.神は,罪人は愛されるが,罪は憎まれるのである.われわれは,キリストを知らないでいる人々がいつの日か審判に遭わなければならないことを信じているであろうか.<復> (4) 今日の世界の状態.われわれは,歴史においても最も危機的な時代に住んでいる.今はまさに危急の時である.人間の性質がキリストによって全く変えられなければ,世界平和の可能性もない.キリストは,「新しく生まれなければならない」(ヨハネ3:7)と言われた.彼ひとりだけが,人間性を変革でき,人々の憎しみを愛に変えることができる.人間の心に喜びと平和を与えることができるのである.キリストは世界の希望である.次の世代まで待つのではなく,われわれの問題は今,この時代において解決すべきである.今こそキリスト者が伝道によって世界に貢献する時である.<復> 3.伝道のメッセージ.<復> われわれは何を宣べ伝えるべきか.説教やあかしは人々の知性,感情と意志に訴えていかなければならない.特に,彼らの意志が神に服従し,キリストを救い主及び主としてあがめ,教会の交わりにおいて,キリストとともに歩むようにならなければならない.<復> (1) われわれが罪人であること.罪とは,われわれが神の律法を破っていることである.一人として,神の律法違反者に対する刑罰から逃れることのできる者はいない(ローマ3:23).偉大なメソジストの創始者ジョン・ウェスリ(ウェスレー)は,かつて「わたしは愛を説教する前に,罪と審判について説教しなければならない」と言った.罪に対する恐れを抜きにして伝道説教はできないのである.<復> (2) 神の愛,罪の赦し.われわれは神が人類を愛しておられること,罪を赦そうとしていることを説かなければならない.すなわち,神の愛の優れた行為である十字架を語らなければならない.すべての伝道説教において,罪のために死んだキリストの十字架が中心に置かれなければならないのである.<復> (3) キリストの復活.これは,初代教会のメッセージであり,歴代のキリストの証人のメッセージである.キリストは事実,十字架にかけられ,死んで葬られ,3日目によみがえり,今も生きておられる方である.われわれはこのキリストの復活を,生きておられる勝利のキリストを,王の王,主の主としてのキリストを宣べ伝えなければならない.彼は,いつの日か,再び来られる.キリストは世界の希望である.これらが,伝道のメッセージの内容である.<復> 4.応答.<復> われわれはまた,キリストに対する霊魂の応答について明白にする必要がある.われわれは,彼の愛と恵みとあわれみのゆえに,キリストに来ることができるのである.それは,どんな方法によるのか.聖書はその方法も教えている.<復> (1) 悔い改め.われわれはそれを好まなくても,罪を悔い改めなければならない.イエスは,「悔い改めて福音を信じなさい」(マルコ1:15)と言い,ペテロもペンテコステの時,「悔い改めなさい」(使徒2:38)と勧めた.パウロも,アテネの丘で,「今は,どこででもすべての人に悔い改めを命じておられます」(使徒17:30)と教えている.聖書全体を通じて,人は誰でも天国に入るためには,罪と偶像から離れてキリストに転向しなければならないと告げているのである.われわれはまず,十字架の下にひれ伏して,「私は罪人です」と,神に対して罪を犯したことを認め,告白しなければならない.人間としてそうすることは非常な屈辱である.しかし,神は第1に,このことを要求しておられるのである.さらに,悔い改めである.罪を捨てることである.われわれは,神と罪を同時に持つことはできないのである.<復> (2) キリストを受け入れる.われわれは次に,キリストを受け入れなければならない.キリストを信じることは,キリストを受け入れることでもある.「しかし,この方を受け入れた人々,すなわち,その名を信じた人々には,神の子どもとされる特権をお与えになった」(ヨハネ1:12)とある通りである.救い主として,これからの人生の主として,他の何ものでもなくキリストを,自分の心の王座に迎えることである.そうすれば,キリストもわれわれを受け入れて下さるのである.<復> (3) キリストに従う.キリストは,「わたしは,世の光です.わたしに従う者は,決してやみの中を歩むことがなく,いのちの光を持つのです」(ヨハネ8:12)と言われた.キリストに従うことは,聖書を読み,祈り,教会に出席し,キリストのためにあかしをする生活を意味している.<復> 5.霊的使命と文化的使命.<復> ここで,二つのことを明確にしておきたい.伝道及び福音のメッセージは,霊的(垂直関係)であるとともに,文化的(水平関係)であるということである.霊的使命とは,われわれがキリストを受け入れることであり,われわれがキリストを受け入れると,神はわれわれを赦し,われわれの罪をきよめて下さる.またイエスは,「心を尽くし,思いを尽くし,知力を尽くして,あなたの神である主を愛せよ」(マタイ22:37)と言われたが,この,神とわれわれとの関係が垂直関係であり,この関係において与えられるのが霊的使命である.しかし,イエスはさらに,「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」と言われた.この,他の人とわれわれとの関係が水平関係であり,この関係において与えられるのが文化的使命である.われわれはキリスト者として,社会的責任のあることを知り,教える必要がある.われわれは家庭に対して責任があり,隣人を愛し,敵を赦し,病人を見舞い,貧しい人を助ける必要がある.これらは,キリスト者生活の共生的二面なのである.この場合,第1に,垂直関係(霊的使命)が確立されなければならない.それから,水平の関係(文化的使命)にあって,キリストのために生きることができるのである.多くの人々がこの順序を取り違え,垂直関係(霊的使命)を確立することなしに水平関係(文化的使命)に生きようとして失敗している.キリストのために生きることができるのは,われわれの性質が変えられてからである.<復> 6.伝道の種類.<復> 伝道の歴史は,聖霊降臨による教会の誕生にさかのぼる(使徒2章).以来,教会の歴史は,同時に伝道の歴史であったと言えるが,これは前述のキリストの宣教命令に基づいている.これによると,伝道の対象は,「すべての造られた者」であり,その範囲は「全世界」に及ぶ.従って,その対象,地域,目的,手段等による様々な伝道の形態が存在するのもうなずける.例えば,自国内と海外に対する伝道は,それぞれ国内伝道,国外宣教(海外宣教)と呼ばれている.さらに,特殊な伝道として,視覚障害者伝道などの身障者伝道,医療伝道,病床伝道,刑務所伝道などが挙げられる.伝道の対象者を年齢で区別して,児童伝道,中・高生伝道,大学生伝道,青少年伝道などがある.社会は,複雑なモザイク構造によって成り立っている.そのため,職場の同僚を対象とする伝道は,職域,職場による様々な分類が可能だが,総称して職域伝道と言われる.地域伝道は,都市伝道,地方小都市伝道,農村伝道,漁村伝道などに分けられる.伝道の方策的な関係から,個人的な接触による個人伝道,家庭訪問による訪問伝道,家庭を開放して持たれる家庭集会伝道,地域の各教会が一致協力して,一度に多くの人々を回心させることを目的に開かれる大衆伝道(クルセード伝道)がある.各種の教育施設,文化活動を通して間接的に伝道する方法もある(サークル伝道).視聴覚の器材を用いての視聴覚伝道,賛美歌やゴスペルミュージックを通してなされる音楽伝道があり,ラジオ,テレビなどの放送伝道,文書を用いる文書伝道がある.以下,幾つかの伝道について取り上げたい.<復> (1) 文書伝道.神はことばを用いて福音を語らしめ,文字を通じて福音を伝えさせられた.預言者,使徒たちも,ことばとともに,文章によって神のメッセージを伝えたのである.現代では,人々の生活において文字の有する意味は非常に大きくなっており,文書伝道は重要な働きである.印刷技術の発達やワープロの普及によって今後ますます活発な働きが期待される.<復> (a) 文書伝道はまず,個人的な手紙による通信伝道から始まる.その利点は,誰でもできるということで,口下手な人でも,人前ではあまりものを言えない人でも,文章なら大胆に意見を述べることができるのである.<復> (b) トラクト伝道.文書伝道のうち最も手軽で,効果的なものである.内容が福音的で,誰にでも読め,わかりやすく,しかも人を引き付けるもので,適当な長さであることが大切である.トラクトは,各家庭に配布されるほか,路傍伝道,天幕伝道,キャラバン伝道などの有力な武器となる.<復> (c) 聖書通信講座伝道.現在日本の教会は,8割までが都会に集中している.多くの人々が教会のない地方に住んでいる.聖書通信講座は,求道者を指導し,信仰の成長を図るものである.<復> (d) 教会ライブラリー.日本は世界でも有数の教育国であり,信仰的な良書が多く出版されているので,教会ライブラリーを設けるのがよい.伝道所のための巡回文庫や貸出文庫も,伝道に有効である.<復> (e) 新聞,雑誌,機関誌の発行.新聞,雑誌等を定期的に発行することは,非常な労を要するが,その使命は大きい.読者からの反響,便りもそれらを血の通うものとする.また,内外に独自の機関誌を発行し,あかしや説教,様々な話題を提供して伝道の助けとしている教会も多い.<復> (2) 家族伝道.福音が宣べ伝えられ,教会が建てられた1世紀のローマ・ヘレニズム世界は,ユダヤ人の世界と同じように,「家」が社会の単位であった.それは家の主人,妻,子供,奴隷のほかに,様々な使用人や寄宿人を含むものであった.聖書には,家ぐるみの入信も幾つか見られる(使徒10:1‐48,16:15,31‐34).まず入信した者が,自分の家族の救いのため名前を挙げて毎日祈り,自分のキリスト者としてのあかしによって信頼を勝ち取り,人生の各節目の好機に適切な導きをする.家族の中で影響力のある順に導かれるのが理想的である.徹底した愛の行為が全家の救いにつながる.<復> (3) 児童伝道.現代ほど児童が,教育者,心理学者,精神医学者,医師など様々な立場から検討されている時代はない.日本における教役者の回心年齢は14—28歳が約80%となっており,7—14歳に神の観念が明確になり,13—19歳で信念が確立し,15—23歳で受洗するのが一般的である.これを見ても,児童は感化,影響を受ける可能性の大きい時期であることがわかる.今日児童は,社会の混乱と変動の中で犠牲となり,また反動的行為にも走っているが,真の伝道が彼らに対して,十分な理解と愛からなされなければならない.この時期に信仰を植え付け,献身者の苗床とすることが将来の日本の福音化のためにぜひとも必要なことである.<復> (4) 個人伝道.パウロは,「私は,ギリシヤ人にも未開人にも,知識のある人にも知識のない人にも,返さなければならない負債を負っています」(ローマ1:14)と言っている.すべてのキリスト者は伝道すべきであり,伝道が特定の人の任務と考えてはならない.個人伝道はすべての伝道の基本である.大衆伝道,放送伝道のような形をとっても,最終的には,個人的接触による信仰指導が不可欠である.プロテスタントの精神の一つは,万人祭司主義であり,すべてのキリスト者が,日常的に,開かれた機会を積極的にとらえることによって大きな効果を生むのである.そのためには,聖書的訓練を実地に積み重ね,相手の心の要求を知り,相手の言うことをよく聞き,聖霊によって,福音の本質を適切に語り,キリストにまで導くことを学ばなければならない.教会教育の強化により信徒の弟子化が図られ,信徒の伝道への派遣がさらに活発になされることが期待される.<復> (5) 大衆伝道.キリスト教宣教史を顧みると,歴史の曲り角には,常に盛んな大衆伝道が行われてきたのを発見する.神は摂理的に有力な伝道者を起し,聖霊によって福音をわかりやすく宣べ伝え,多数の人々を集め,悔い改めに導かれるのである.このためには,一つでも多くの聖書信仰に立つ教会の協力が必要である.さらに,祈りを積み重ね,カウンセリングとフォロー・アップの訓練を行い,大衆伝道実施前に一人でも多くの求道者を導き,決断の時として用いることは,その効果を大にするものであり,結実を多く集めることとなる.正しい,積極的な大衆伝道の実践は,日本宣教を大いに推進させるのである.<復> (6) 訪問伝道.これは新約聖書的伝道法である.主イエス御自身を,天よりこの地上に来られた訪問伝道者と見ることもできる.またイエスは,弟子たちの中から12人,後に72人を選び,彼らを訓練し,2人ずつの組にして,御自分の代表として派遣された(ルカ10章).パウロも積極的に訪問伝道を展開し,大きな効果を挙げ,わずかな年月の間にアジヤ各地に教会を生み出して,福音を満たしたのである.訪問伝道のためには,これに従事する信徒の生活設計の立て直しが必要であり,訪問すべき地域,人々を特定し,牧師とのチームワークによって進めるべきである.この訪問伝道によって,新しい求道者を発見し,適切に導き,また,不活動会員の信仰回復を図り,宣教と教会成長が活性化されるのである.<復> (7) 病床伝道.主イエスの在世中,いつもみもとに多くの病人がいやしを願って集まった.また,主は病人を訪ね,いやされた.病人の肉体的苦痛,精神的不安,未来に対する絶望をキリストによって慰め,祈り,信仰によるいやしを与えることは大きな祝福である.病床は,人々をわがままにもするが,謙遜にもする.この自分の限界を知る時こそ,伝道の好機である.出かける前に祈り,みことばを内に持って,分ち合うメッセージとあかしを確かめること,家族には了解を得ること,病人から見える位置で静かに語ること,相手の言うことをよく聞いてやり,みことばを開いて自分で読ませ,聖霊によって祈ること,長くならないようにすることなどが大切である.病床は伝道の場であり,信仰の道場なのである.<復> (8) 刑務所伝道.どんな伝道も,易しい伝道というものはない.特に刑務所伝道は,最も忍耐と犠牲を必要とする伝道の一つと言える.しかし,その中からすばらしい悔い改めの実を結んだ生きた実例がある.古くは,『兇悪犯人から伝道者へ』の好地由太郎,多胡寅次郎.また,マクドナルド夫人に導かれた,『聖徒となれる悪徒』の石井藤吉などである.日本での刑務所伝道は,1988(明治21)年,当時の日本基督教会の信徒原胤昭が,キリスト者の最初の教誨師として,神戸仮留監に赴任したのが初めである.聖書や良書,トラクトの差入れはぜひ必要であり,通信による伝道も非常に効果がある.一つの大きな問題は,刑余者のための保護事業の必要である.刑余者が社会に出ても,社会が冷たく,また適切な職業がないままに,再び悪の道を歩く者が多いからである.彼らのための宿泊及び授産所,職業紹介などを行いつつ,彼らを保護し,伝道する施設が多く造られなければならない.<復> (9) 放送伝道.今日,日本では,ほとんどの家庭にラジオ,テレビが普及している.今後ますますマスコミ伝道は,民衆の生活に深く,広く,入っていくだろう.確かに放送伝道は,教会の設置されていない地域や離島,病院や刑務所にも福音を携えていくものである.その範囲は全世界的と言える.さらに,放送伝道の利点は,その頻度にある.何度も繰り返して伝えられる.その効果は強大である.そして,その速度である.他の方法ではとうてい及ばない速さで福音を届けるのである.われわれは,健全な福音放送のために祈り,経済的に援助することによって放送伝道に間接的に参加することができる.また,あかし,説教,音楽,集会案内などで直接参加することもできる.テレビ・ラジオ牧師による地域特別集会などを開き,視聴者との触れ合いを持つことによって,効果を挙げることができる.<復> (10) 映画・演劇伝道.サタン的な要素を持った映画・演劇が多い中で,科学的宗教映画,聖書的伝道映画,キリストの生涯を描いたものや『十誡』などが伝道の武器として大いに用いられている.演劇伝道も,タイなどでは盛んで庶民に親しまれている.ヨーロッパでは,ドイツのバイエルンのオーベルアマルガウのキリスト受難劇がある.日本の教会でも,今後多くの劇団が組織され,間接的に直接的に用いられることが期待される.<復> (11) 路傍伝道.この伝道は,キリスト教独特の伝道法というわけではないが,主イエス御自身,また弟子たちが用いた方法であり,日本でも今なお用いられている.教会に来ない不特定多数の人々に,こちらから出かけて行って積極的に福音を説くのが路傍伝道である.ジョン・ウェスリやウィリアム・ブースなどは,しばしば路傍伝道で,数千人,時には1万人もの群衆を集めたと伝えられている.今日でも,さらに研究し,新しい方法も取り入れて大いに活動すべきである.<復> (12) 天幕伝道.この伝道は路傍伝道と同様,普通教会に足を運ばない人々に,こちらから近付いて行く伝道である.手軽にできて経済的であり,信徒を伝道に巻き込んで奉仕の喜びを与えることができる.時期を選び,適当な場所で,良いチームと良い説教者が必要である.<復> (13) 開拓伝道.日本の未伝地は,2千町村に上っている.主イエスも一箇所にしばらくとどまって福音を宣べ伝え,そしてまた次の新しい伝道地に移られた.こうして少なくとも3年間にガリラヤ地方を3回巡回し,その間にたびたびユダヤ及びペレヤを巡回している.パウロは,当時の代表的な都市に積極的な開拓伝道を展開し,見事な教会形成と成長を実現し,当時の文字通り世界に福音を満たしたのである.日本でも国内開拓伝道の団体があり,福音の処女地に開拓する伝道者や群れを支援し,3年以内に自給する教会形成を目指して成功を収めている.日本の福音化のためには,積極的な開拓伝道によって未伝地をなくしていくことが必要である.→あかし(証言),宣教学,キリストの宣教命令.<復>〔参考文献〕本田弘慈『日本伝道の手がかり』1982,毛戸健二『こうしよう家族伝道』1989,『ユニーク伝道法』1990,以上いのちのことば社.(有賀喜一)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社