《じっくり解説》千年期とは?

千年期とは?

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千年期…

1.聖書の教え.<復> 千年期([英語]millennium.[ラテン語]mille「千」と,annus「年」から)というのは,黙示録20:6にあるように,第1の復活にあずかった者たちが,「キリストとともに,千年の間王となる」その期間を指す.<復> (1) 旧約聖書は,ユダヤ民族が未来において,神の統治のもとに地上での祝福にあずかることを強調している(参照イザヤ9:6,11‐12章,40:9‐11,52:7‐12,65:17,エレミヤ33:17‐22,エゼキエル37:25,ホセア3:4,5,ヨエル3:20,アモス9:14,15,ゼカリヤ9:9,10等).しかしその期間は,時間的に限定して示されてはいない.それゆえ,千年期の祝福の時と考えることもできないわけではないが,明確にその時期と結び付けられているわけではない.他方,ダニエル2:44,7:27のような,旧約の預言書の中に描かれているメシヤ王国の永遠性は,イスラエルの回復が千年期の祝福を経て,さらに「神が,すべてにおいてすべてとなられる」(Ⅰコリント15:28)究極の完成にまで,つながっていくことを示しているようにも思われる.<復> (2) 新約聖書にくると,例えばⅠコリント15:22‐28は,明らかに限定された期間の,キリストの支配について語っている.そのほかにも,マタイ19:28,25:31‐46,ルカ14:14,Ⅰテサロニケ4:13‐18等が,地上におけるキリストの王国を示唆する箇所として,千年期論者によって引合いに出されることがある.しかし何と言っても,最も明瞭な形で千年期に言及している聖書箇所は,黙示録20:1‐10である.ヨハネに示された黙示によると,まず悪魔が縛られ,底知れぬ所に投げ込まれて,千年の間そこに閉じ込められる(20:1‐3).悪魔の影響力が取り除かれるとともに,イエスのあかしのゆえに殉教した人たちと,義人たちの第1の復活があり,これらの人々はキリストとともに,千年の間王となる(20:4‐6).この千年期こそは,正義の支配と,平和,自由,繁栄が実現し,理想の社会を追い求めてきた人類の熱望のすべてが,実際にかなえられる時なのである.千年期が終ると,サタンは一時的に解放され,死と悪魔の力に対する神の勝利の最終段階へと移っていく(20:7‐10).<復> 黙示録20:2‐7の間に,6回出てくる「千年」ということばの解釈を巡って,実に様々な見方がなされてきた.基本的には問題は,(a)この箇所は字義通りにとるべきか(千年期説,millennialism),それとも比喩的にとるべきか(無千年期説,amillennialism),(b)千年期説の立場をとった場合,主イエスの再臨は,千年期に先立ってあるのか(千年期前再臨説,premillennialism),千年期の後に続いて起るのか(千年期後再臨説,postmillennialism)に絞られてくる.<復> 2.歴史的展開.<復> (1) 古代教会.ヨハネの黙示録は,神が間もなく直接歴史に介入し,善が悪に対して究極の勝利を収めるという,生き生きとした希望を説いた.このような教えは,ローマ帝国の諸勢力による圧迫と,迫害に苦しめられていた初期のキリスト者たちに,大きな励ましと慰めをもたらすものであった.そこで,パピアス,エイレーナイオス,ユスティノス,テルトゥリアーヌス,キュプリアーヌス,ヒッポリュトス,ラクタンティウスらの著作に見られるように,教会の歴史の最初の3世紀間は,千年期前再臨説は最も広く受け入れられ,支持された見解であった.<復> しかしながら,幾つかの要因が重なり合って,やがて千年期説への反対論も高まってきた.(a)千年期説の教えが,150年頃に始まったモンタノス主義の過激な主張と結び付けられたこと.モンタノス派は,当時段々と教会が制度化し,形式化の度合を強めていったことへの反動として,聖霊と再臨の教義を力説し,フルギヤのペプーザの村に,天からのエルサレムが下って来ると説いた.(b)聖書の寓喩的(allegorical)解釈法を広めたオーリゲネース(185年頃—254年頃)の影響.このためエウセビオス(260年頃—340年頃)は,後に無千年期説に立場を変え,千年期説の起りを異端者ケーリントスに帰するという誤りを犯した(『教会史』3:28).(c)終りの「時」を推定しようとする様々な試みを防ぐため.この強い誘惑は,必然的な結び付きはないにもかかわらず,いつの時代にも,千年期説への不信感をかき立てる役割を果した.(d)コンスタンティーヌス大帝のキリスト教への回心と,キリスト教の国教化は,千年期の新しい理解を促進する要因となった.<復> (2) 中世及び宗教改革時代.キリスト教がローマ帝国の主要な宗教として受け入れられた新しい時代に,西方教会の神学思想に最も大きな影響を与えたのは,ヒッポの司教アウグスティーヌス(354—430年)であった.彼自身かつては千年期説をとっていたが,この立場の信奉者たちの一部が,「節度を欠いた,物質的な」極端に走っているのに反発して,この見方から離れた.そして象徴的・神秘的解釈法をとり,黙示録20章の「千年」というのは,実際には「キリストの初臨から,再びキリストが来られる世の終りまで」(『神の都』20:8)の期間を指すと論じた.つまり千年期とは教会のことで,そこにおいてキリストは,御自身の聖徒たちとともに支配する.アウグスティーヌスの象徴的解釈は,中世全体を通じて,ローマ・カトリック教会の公認の教えとなった.<復> 千年期説も,決して消滅したわけではなかった.しかし中世的統合の圧力の下に,異常な形をとる傾向が強まった.これらの千年期前再臨論者たちは,しばしば強いカリスマ性を持った指導者の下に,急進的過激主義や革命運動に走った.その典型的なものが,宗教改革時代の1534年に起きたミュンスターの動乱である.<復> 宗教改革者たちは,中世スコラ主義の世界観には反対であったが,当時広く受け入れられていた無千年期説を退けることはしなかった.ほとんどすべてのこの時代の注解者たちは,黙示録20章をアウグスティーヌスの線に沿って解釈した.プロテスタント宗教改革の主流であったルター派,カルヴァン派,英国教会派が,いずれも国家からの支援を受けていたことも,千年期に関してこれまでの神学的枠組みを保持する理由の一つになったと思われる.宗教改革者たちは,何よりもまず救済論に関して,教会の教えの誤りを正すことに精力を集中していたので,終末論を課題として取り上げるまでに至らなかった,という事情もあった.ミュンスターの動乱を起した一部のアナバプテストへの警戒心もあって,アウグスブルク信仰告白17条(1530年)(ルター派),第2スイス信条11条(1566年)(改革派)は,はっきりと「ユダヤ的見解」を退けているが,千年期そのものを否定してはいない.<復> ルターもカルヴァンも共に,千年期を巡っての勝手な憶測に対しては,極めて懐疑的であった.カルヴァンは,聖書の黙示的な部分に基づいて未来の予測に熱中している人たちを,「無知な」「悪意ある」者ときめつけている.しかし宗教改革者たちが,字義通りの聖書解釈を唱道したこと,教皇を反キリストと同一視して世の終りが近いと信じたこと,及び聖書の預言を強調したことなどは,千年期への関心を再び高めるのに先鞭をつけたとも言える.<復> (3) 近代.17世紀になると,より綿密な終末論の研究がなされるようになった.ヨーハン・ハインリヒ・オルステッドと,ジョウゼフ・ミードの2人の改革派の神学者が,千年期前再臨説を再び主張した.彼らは黙示録を象徴的・比喩的には解釈しないで,最後のさばきの前に地上に樹立される,文字通りの神の国の約束を含むものと理解した.1658年にクロムウェルが死に,その2年後に清教徒による共和政治が終り,再びステュアート王朝が復活すると,千年期前再臨説は後退していった.しかしこの見解は,18世紀の敬虔主義運動の代表的聖書学者J・A・ベンゲルらに引き継がれていった.<復> 千年期前再臨説に代って台頭してきたのが,千年期後再臨説である.初め一部の清教徒の神学者の著作に見られたが,この説の形成に大きく貢献したのは,英国教会の聖書注解者ダニエル・ホウィットビであった.彼は神の国は絶えず近付きつつあり,過去において常に勝利を収めてきたのと同じ種類の努力を通して実現するものと考えた.<復> 19世紀には,千年期前再臨説が勢いを盛り返してきた.この時期に,ディスペンセーショナリズム(聖約期分割主義)という考えが広まり,千年期前再臨説に新しい要素が加えられることになった.この新しい解釈の主唱者の一人が,スコットランド長老教会の牧師エドワード・アーヴィング(1792—1834年)であった.彼は預言についての数多くの書物を著し,アルバリー・パーク預言集会(prophecy conferences)を組織し,新解釈の普及に努めた.彼の黙示的講解は,プリマス・ブレザレンの人たちに受け入れられ,中でもジョン・N・ダービ(1800—82年)は,この新しい聖書解釈の有力な推進者となった.彼は,キリストの再臨は二つの段階から成ると信じた.すなわち第1段階は,聖徒たちのひそかな携挙で,7年間の患難期が地上を荒廃させる前に,教会は移される.第2段階では,患難期の後で,キリストは聖徒たちを伴って見える形で地上に現れ,彼らとともに千年の間支配される.ダービはまた,神の救いの御計画は,一連の聖約期(dispensation)に分割して理解されるべきことを強調した.<復> 千年期の前のキリストの再臨ということは,ディスペンセーショナリズムにとって不可欠の要素であるが,千年期前再臨の立場をとることが,必然的にディスペンセーショナリズムに結び付くわけではない.従って,19世紀の著名な千年期前再臨論者たち,すなわち,E・B・エリコット,H・オールフォード,J・P・ランゲ,F・ゴデー,R・C・トレンチ,T・ツァーン,J・A・サイスなどは,いずれも聖約期分割主義でない,古代教会以来の歴史的千年期前再臨説に立っていた.しかし,南北戦争(1861—65年)以後のアメリカでは,福音派のキリスト者の間に,ディスペンセーショナリズムの考え方が急速に広まっていった.この動きに貢献した人々としては,ブレザレンの伝道者ヘンリ・モアハウスや,W・ブラックストン,H・A・アイアンサイド,A・C・ゲーベライン,L・S・シェーファー,C・I・スコウフィールドなどを挙げることができる.特に,スコウフィールドが編集主幹を務めた『スコウフィールド引照・注解付聖書』は,この聖書解釈の体系を普及させるのに大きな役割を果した.保守派の神学教育機関であるムーディ聖書学院,ダラス神学校,グレイス神学校などは,この見方に立つ多くの教役者を各地に送り出した.<復> 他方,カルヴァンの流れを汲む立場に立つ神学者たちの中には,オランダのA・カイパーやH・バーヴィンクのように,アウグスティーヌス以来の無千年期説をとる者が多かった.19世紀の終り頃から20世紀の初めには,当時の進化思想の強い影響もあって,千年期後再臨の考えも広く受け入れられた.代表的神学者としては,C・ホッジ,B・B・ウォーフィールド,W・シェッド,バプテストのA・H・ストロングなどが挙げられる.<復> 20世紀になると,2度にわたる悲惨な世界大戦の体験を経て,バラ色の未来を夢見る楽観的進歩の哲学は色あせていった.それとともに千年期前再臨説が,より現実味を帯びたものとして注目されるようになってきた.第2次世界大戦終結後には,新たな動きも見られる.O・T・アリスのProphecy and the Church(預言と教会,1945)は,改革派神学の立場からの強固なディスペンセーショナリズム批判である.G・E・ラッドのCrucial Questions about the Kingdom of God(神の国についての決定的な問題,1952)に始まる一連の著作は,よりバランスのとれた,歴史的千年期前再臨説の再構築を目指している.<復> 3.現代の諸見解.<復> キリストの再臨と千年期との関連については,福音派の中でも,大別すると四つの異なった解釈がある.すなわち,(1)無千年期説,(2)千年期後再臨説,(3)ディスペンセーショナリズムの千年期前再臨説,(4)歴史的千年期前再臨説である.L・ベットナーがThe Millennium(千年期)p.3で指摘しているように,これら四つの立場の基本的前提は,いずれも似通っている.すなわち,(a)聖書は神のみことばであって,権威がある.(b)キリストの代償的死は,個人の救いの唯一の基盤である.(c)未来において,キリストは御自身で,見える形をもって再臨される.(d)すべての人は復活のからだを与えられて,キリストのさばきの座の前に立たされる.それゆえ,これら四つの立場は,どれも福音主義の信仰に立っており,主唱者たちはいずれも有能で,誠実なキリスト者である.彼らの間の相違は聖書観の問題ではなく,それぞれの聖書解釈の方法の違いから来る.キリストの再臨の目的と時期,及び再臨とのかかわりにおける千年期の性質についての,解釈の違いなのである.<復> (1) 無千年期説.J・G・ヴォスによると,「無千年期説とは,この世の終りの前に,地上に全世界に及ぶ義と平和の千年間があると聖書は教えていない,と考える終末論の理解である」(Blue Banner Faith and Life, Jan‐March, 1951).この立場をとる人たちは,黙示録を比喩的・象徴的に解釈する.20章の「千」というのは数値ではなく,完全という思想の象徴である.悪魔が千年の間縛られるのは,完全に束縛されるという意味であり,千年の統治は完全な栄光ある勝利の状態を指す.サタンはすでに今の時代に,底知れぬ所に縛られている.それゆえ彼は,教会の世界宣教の活動を阻止することはできない(参照ヨハネ12:31).<復> 「しばらくの間」(黙示録20:3)とは時間の経過ではなく,サタンは致命的打撃を受けたものの,なおある程度の,許容範囲内での活動と力とを持つことである.「第1の復活にあずかる者」(同20:6)というのは,救われて,今キリストの勝利にあずかっており,やがて来る再臨を待ち望むキリスト者である.神の国は今ここにあり,キリストはみことばと御霊を通して支配しておられる.しかしこの世においては,終りの時まで,神の国とサタンの国との並行した発展がある.不敬虔は,反キリストの出現において最高潮に達する.キリストの再臨の時に,死人からの復活と最後のさばきが同時に起る.それに続いて,罪と苦しみと死がもはや去った神の完全な国が,新天新地として成就する.G・ヴォス,F・E・ハミルトン,O・T・アリス,L・バーコフなどがこの立場をとっている.<復> この説の問題点としては,(a)黙示録20章を全く象徴的にとることには無理がある.(b)他の聖書の主要な教えも,象徴化されてしまう危険がある.(c)キリスト者は現在,完全な正義と平和の祝福を経験しているわけではない.<復> (2) 千年期後再臨説.この考え方によると,神の国は現在,福音の宣教を通し,また個々人の心の中での聖霊の救いをもたらす働きを通して,この世に行き渡りつつある.今の世におけるキリストの御支配のゆえに,再臨の時まで世界は着実に改善されてゆき,千年期と呼ばれる義と平和の長い祝福の後に再臨がある(参照マタイ13:31‐33).「長い目で歴史を見るならば,各時代を通じて偉大な進歩が成し遂げられてきた.世界が明らかに,より良い方向に向かって進んでいることは,誰も否定できないと思う」(L・ベットナー「前掲書」p.136).千年期後再臨論者は,黙示録20章を,無千年期論者ほど象徴的にはとらない.けれども細部に関しては,必ずしも字義通りのものとは考えない.それゆえ,殉教者の復活や,千年期にキリストがからだをもってこの地上に存在されるようなことが,実際に起るわけではない.来るべき世は,今の世と本質的に変るものではない.さらに多くの回心者が起されて,キリスト者の霊的,道徳的影響力が増し,キリストの再臨の時が近付けば近付くほど,内在的な神の力は,神のもろもろの敵に対してより強力な形で発揮される.そのような教会の黄金時代(千年期)の後に,短い背教,つまり善の力と悪の力との間の恐るべき抗争があり,次いでキリストの再臨,死人の中からの復活,最後のさばきといった一連の出来事が続く.<復> この説への反論としては,(a)聖書も歴史も,人間の状況が絶えざる改善の過程にある,と考えられるような根拠を示しているとは思われない.人間の罪の実態は,むしろその逆の方向に進んでいるようにさえ見える.(b)再臨の前に黄金時代が来るという思想は,この世の終りと関連した聖書の破局的な描写と矛盾する.(c)悪魔は今も,極めて活発に活動を続けている(参照Ⅰペテロ5:8).<復> (3) 千年期前再臨説.キリストの再臨は,黙示録20章に述べられている千年期に先立つ.再臨の後,この世の終りの前に,キリストの義と平和の千年王国が,この地上に打ち立てられる,とする説である.再臨の細部,またそれと関連した様々な出来事の順序については,いろいろな見方に分れるが,千年期前再臨論者は,千年期がキリストの再臨の後,世の終りの前に来ることについては一般的な一致がある.千年期前再臨説のよって立つ聖書解釈の原理は,字義通りにとる方法である.つまり聖書の言語は,明らかに他の意味にとられるべきことが,文脈によって示されていない限り,できるだけ字義通りの,最も自然な意味に理解されるべきであると考える.それゆえ,無千年期説の象徴的理解とは対照的に,黙示録20章に出てくる「千年」という数字は,暦の上でのきっちりとした千年ではないにしても,実際の歴史上の一定期間を指すものと理解する.しかし,その字義通りということの度合いによって,様々に異なった見解も生れてきた.<復> a.ディスペンセーショナリズムの千年期前再臨説.ジョン・N・ダービらは,聖書全体を七つの聖約期(ディスペンセーション)に分け,千年期を最後の7番目の,王国(kingdom)のディスペンセーションに位置付けた.この見解をとる人たちは,字句拘泥者流と言ってもよいほどの極端な字義主義と,イスラエルと教会とをはっきり区別して考える解釈に立っている.キリストはその初臨の際に,旧約聖書のダビデに約束された,イスラエルのための王国を提供したが,ユダヤ人たちは,メシヤであるお方とともに,その王国をも拒んだ.そこで王国は延期され,その間にいわば「括弧」に入ったような形で,異邦人の時である教会時代というものが挿入された.だがやがて主イエスは再臨の際に,もう一度ダビデの王国を,イスラエルのために回復して下さる.千年期は,イスラエルのための千年王国であるので,教会はそこでは招かれた客にすぎない.また患難期は,「ヤコブにも苦難の時」(エレミヤ30:7)とあるように,イスラエルに下る怒りの時であるので,教会は患難に遭うことなく,その前に空中に携挙される.従って,再臨は千年期の前であるばかりでなく,患難期前再臨ということにもなる.<復> ディスペンセーショナリズムの体系は,①あまりにも機械的に,聖書の表面の字句にこだわりすぎた解釈法をとっている.②ユダヤ民族中心の視点と,「延期された王国」という説は,聖書全体の教えからは支持しがたい.③特定の聖句への偏りと,聖書が実際に語っている以上の,多くの細部の読み込みが見られる,として反対する人々も多い.<復> b.歴史的千年期前再臨説.この見解は,聖書の字義通りの解釈法に立つものではあるが,ディスペンセーショナリズムの場合ほどは,字句の表面的意味や用法にとらわれない.比喩的・象徴的にとられるべき箇所は,あくまでも文章表現上の技法として,そのように理解される.それもまた,字義通りの理解なのである.例えば,人の子が「天の雲に乗って来るのを見る」(マタイ24:30)という場合,「天の雲に乗って」は比喩的表現であるが,「来る」と「見る」は,実際に文字通りそのことが起ると考えられる.<復> 歴史的千年期前再臨説は,ユダヤ民族を神の救いの御計画の目的としてではなく,むしろ手段としてとらえる.救いの計画そのものは全人類を対象としており,その達成の過程においてユダヤ民族が選ばれ,用いられて,特定の役割を果したのである.それゆえ千年期は,あくまでもキリストが統治されるキリストの王国であって,ダビデの王国の回復ではない.今のこの世は,サタンが支配しているサタンの国である(参照ルカ4:5,6,Ⅱコリント4:4).それに対して,来るべき国は,天の父の御国である(参照マタイ13:43,Ⅰコリント15:24,28).その間の過渡的段階において,地上にキリストの王国が確立される.そして,正義と平和の完全な実現を待ち望んできた,救われた者たちの切なる願いが,この地上においてかなえられるのである(参照マタイ6:10,Ⅰコリント15:23‐25).これが千年期の意義である.<復> この見解に対しては,①字義通りにとるべき箇所と,比喩的に解釈すべき箇所との区別があいまいである.②この説によると,キリストの再臨,第1の義人の復活と,第2(?)の復活,最後のさばき,この世の終りとの間に,長い時間的間隔が生じる.③復活した聖徒及び変えられた聖徒たちが,まだ地上的状態のままにいると思われるこの世の人々と,共に住むという状況は不自然である,などの反対論がある.→再臨,終末論,神の国・天の御国・キリストの王国,ディスペンセーション・ディスペンセーション主義.<復>〔参考文献〕G・E・ラッド『神の国の福音』聖書図書刊行会,1967;W・ヘンドリクセン『死後と終末』つのぶえ社;Boettner, L., The Millennium, Presbyterian and Reformed, 1957 ; Clouse, R. G.(ed.), The Meaning of the Millennium, IVP, 1979; Erickson, M. J., Contemporary Options in Eschatology, Baker, 1979 ; Ryrie, C. C., Dispensationalism Today, Moody, 1979 ; Hoekema, A., The Bible and the Future, Eerdmans, 1979.(島田福安)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社