《じっくり解説》日本のおもな教団,教派とは?

日本のおもな教団,教派とは?

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日本のおもな教団,教派…

1941年に合同教団としての日本基督教団(以下日基教団)が誕生する時点で,日本のプロテスタント教会は30余の教団に分れていた.戦後多くの教団が日基教団を離脱し,自分たちの教団を再建した.また戦後のキリスト教ブームの時期に多くの欧米の宣教団が来日し,その伝道の結果多くの教団が誕生した.今日の日本のプロテスタント教会は,このように日基教団,戦前からの教団で日基教団を離脱して再建した諸教団,戦後新たに伝道した結果生れた諸教団がもとになっている.ここでは,その中のおもなものを取り上げる.<復> 1.日本基督教団.<復> 1941年6月,宗教団体法に代表される国家権力の強い圧力を受けて,当時の30余のプロテスタントの教派が合同して成立した.当初は11の部制をとり,事実上はプロテスタント教会の連合組織であったが,翌年部制を廃止した.終戦後宗教団体法の廃止に伴い,多くの教派が離脱し,関係ミッションの支援を受けて自分たちの教団を再建したり,新たに設立した.この結果日基教団にとどまったのは,戦前の3大教派である日本基督教会の大半の教会,日本組合教会,日本メソヂスト教会に加え,ホーリネス教会の一部その他の教会であった.創立当初は教団としての信仰告白を持たなかったが,1954年に信仰告白を制定した.また教団の運営については,戦前の統理制にかえ,総会による合議制をとった.<復> 1967年には,戦時下において国家の戦争遂行に協力した罪を告白し,再び同じ過ちを繰り返さないことを表明し,「第2次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を発表した.1970年より,万博問題に端を発した諸問題が教団を大きく揺さぶり,混迷状態が続いたが,70年代の終りから80年代の前半に執行部が掲げた対話路線によって,一応混乱は収拾された.20万519人(以下諸教団の信徒数はすべて1988年現在)の信徒を擁する日本最大のプロテスタント教会で,東京神学大学を有し,独自の出版部門を持っている.<復> 2.ルーテル派教会.<復> 「聖書のみ」「信仰のみ」「恩寵のみ」を強調する,マルティーン・ルターの教えを土台とし,現在,世界で信徒数約8千万を有するプロテスタント教会中の有力教派の一つである.信仰の基盤として,公同信条,ルターの大・小教理問答とアウグスブルク信仰告白を告白するほか,シュマルカルデン信条,和協信条なども告白する.この教派の日本宣教は比較的遅く,明治の中頃である.以下におもなルーテル教会を紹介する.<復> (1) 日本福音ルーテル教会.1892年アメリカ南部一致ルーテル教会の宣教師が来日し,九州の佐賀で伝道を開始した.その後,他のルーテル系ミッションも加わり,熊本,博多等の九州地方から東京へと伝道圏を拡大した.最初熊本で神学校を始め,後に東京鷺宮に移転し,今日の三鷹にある日本ルーテル神学大学,日本ルーテル神学校に至っている.その他九州学院,九州女学院や老人ホーム等,教育や社会事業の分野でも活動を展開した.1941年の日基教団設立に第5部として加わるが,47年に離脱し,日本福音ルーテル教会として再出発する.他のルーテル系教団を吸収合併し,日本におけるルーテル教会の中では中心的な存在である.2万1075名の信徒を数え,出版社聖文舎,ラジオ放送ルーテル・アワーの運営にも参加している.<復> (2) 日本ルーテル教団.アメリカのルーテル教会ミズーリ派が1948年来日して伝道した結果生れた教団である.首都圏,新潟県,北海道等に教会があり,信徒数は3131名である.日本福音ルーテル教会と協力して,ルーテル神学大学,また,他のルーテル諸教会も加えてルーテル・アワーと聖文舎の運営をしている.<復> (3) 近畿福音ルーテル教会.1951年以来近畿地方で伝道していた,ノルウェーのルーテル系の二つのミッションによって生み出された14教会によって,1961年結成された.伝統的なルター派の信条に立っている.神戸ルーテル神学校の経営に参加し,他のルーテル諸教団と聖文舎,ルーテル・アワーの働きに参加している.信徒数,2415名.<復> (4) 西日本福音ルーテル教会.1949年ノルウェー・ルーテル伝道会の宣教師が来日し,兵庫県で伝道を開始した.以来大阪,兵庫,岡山及び山陰地方で教会を形成し,1962年に九つの教会が教団として正式に発足した.近畿福音ルーテル教会と協力して神戸ルーテル神学校を運営している.また,神戸ルーテル聖書学院を運営し,さらに他の諸教会と協力してルーテル・アワーや聖文舎の経営にも参加している.またインドネシアに宣教師を送っている.信徒数2556名.<復> その他東北地方を中心に伝道している日本ルーテル同胞教団や,関西や四国を中心に伝道しているフェローシップ・ディコンリー福音教団もルーテル派に属する.<復> 3.改革派・長老派系教会.<復> 大陸ではツヴィングリ,カルヴァン,スコットランド,イングランドではジョン・ノックス等の指導者によって始められた教派である.「改革派」という時には「聖書によって改革される教会」という主張が込められており,「長老派」という場合にはこの教派が教会政治として長老制をとったのでこの名がある.世界の改革派教会と呼ばれる教会は,ほとんどがハイデルベルク信仰問答書,ベルギー信条,ドルト信仰規準を採用し,長老派教会と呼ばれる教会はウェストミンスター信仰規準,スコットランド信条を採用するところが多い.改革派教会の日本宣教は古く,1859年のJ・ヘップバーン(ヘボン),S・ブラウン,G・ヴァーベック(フルベッキ),J・バラらの来日に始まる.そして1872年の日本基督公会から,日本基督一致教会を経て日本基督教会(旧日基と略称)という,戦前最大のプロテスタント教会に成長した.日基教団成立に際し,第1部に所属し,初代統理として冨田満を送り出した.戦後日基教団にとどまった教会,離脱して新教団を設立した二つの群れと,三つに分れた.さらに戦後新たに誕生した改革派系の教団もある.<復> (1) 日本基督教会.戦前の同名の教会と区別するため,新日基と略称することもある.戦後,旧日基に所属していた者たちの中で,旧日基の神学と伝統を重んじ,戦前の部制のような会派制を日基教団が認めるべきことを主張した人々がいた.しかしこれが執行部に受け入れられなかったので,最終的に39教会が教団を離脱し,1951年に日本基督教会を結成した.離脱して新教団結成に至った理由としては,(1)信仰告白を持たない日基教団は教会とは言いがたいこと,(2)旧日基の伝統である改革派の理念に立って教会形成をしていくこと,(3)外国ミッションに依存せず,日本人の手で伝道をしていくべきこと,等が挙げられる.1953年信仰告白を制定し,1955年に日本基督教会神学校を設立した.教団設立以来今日まで伝道と教会形成に励んだ結果,1万3765名の信徒を数える群れに成長した.<復> (2) 日本基督改革派教会.旧日基の中で,聖書の規範性と救いの恩恵性と教会の自律性を主張し,歴史的改革派信仰に基づいた教会形成を願う9名の教職と3名の長老によって1946年に設立された.ウェストミンスター信仰告白及び大・小教理問答を信仰規準とし,教会政治は長老制を採用した.1947年に神戸改革派神学校を設立し,教職養成と神学研究に努めている.全国的に教会形成に励んでおり,8397名の信徒を擁する.<復> (3) 日本基督長老教会.1956年,ウェストミンスター信仰規準に基づき,日本における保守的な長老教会の建設を目指す3教会と6伝道所により結成された.純粋な聖書信仰,長老主義政治,自主自営の精神を強調する.二つの中会を有し,教職養成機関として日本基督神学校(現東京基督神学校)を他の教団の協力も得て運営している.信徒数は,1863名.<復> (4) その他の改革派,長老教会.上記以外の教団としては,戦前から伝道し,戦後教団を再建したカンバーランド長老キリスト教会,神戸を中心とする日本キリスト改革長老教会がある.また,聖書キリスト教会,日本福音長老教会等も改革派信仰に立つ教団である.<復> 4.日本聖公会.<復> 日本聖公会を含む世界の聖公会の起源は,英国教会である.聖公会はローマ教皇の権威を否定した点ではプロテスタント的であるが,使徒伝承を受け継ぐ点ではカトリック的である.神学や教会運営のあり方でも中間的な要素があり,まさに「橋わたし教会」と呼ばれるにふさわしい.<復> 聖公会の日本伝道は,1859年アメリカ聖公会の宣教師の来日に始まる.その後イギリス系の二つのミッションを加えた三つの伝道団体によって伝道がなされ,1887年に日本聖公会が成立した.日本聖公会は,1941年の日基教団成立に際し,約3分の1が教団に加入し,残りは解散したり,単立教会となったりし,非常な辛酸をなめた.戦後の1945年12月,日本聖公会として再出発した.戦後の日本聖公会は,海外の聖公会からの支援を受けつつも,自治・自給・自主伝道の原則を重んじてきた.1971年に沖縄教区が復帰して11教区となり,日本聖公会を代表する首座主教が置かれるまでになった.この教派のミッションスクールとして立教学院,桃山学院,八代学院など多くの大学,短大,高校などがあり,病院(聖ルカ病院)を初め,社会福祉面でも大きな働きをしている.神学校として聖公会神学院がある.信徒数は,5万7457名.<復> 5.バプテスト派教会.<復> プロテスタント教会の中でも最も大きな教派の一つであり,アメリカのプロテスタント教会中最大の教派である.バプテスト派は,17世紀のイギリスの国教会から分れて生れたものであり,特色としては浸礼による成人洗礼,各個教会主義,国家と教会の分離,万人祭司による信徒伝道の強調等がある.<復> 日本への伝道は,1860年に来日したJ・ゴーブルによって始められたが,バプテスト派教会としての本格的な宣教は,1873年のN・ブラウンの来日による.戦前バプテスト派教会は2教団に分れて伝道していたが,1940年合同し,翌年日基教団成立に際し,第4部として加入した.戦後バプテスト教会は,日本バプテスト連盟,日本バプテスト同盟として再建され,今日に至っている.さらに戦後多くのバプテスト系の宣教団が来日し,それぞれの教団を形成した.<復> (1) 日本バプテスト連盟.1890年アメリカの南部バプテストミッションは,福岡県で伝道を開始した.その結果生れた教会が,日本バプテスト西部組合である.おもに西日本で伝道,教育,社会事業を行ってきたが,日基教団の成立に際し,第4部として加入した.戦後バプテスト教会の理念を貫くために教団を離脱した16教会が,1947年日本バプテスト連盟を結成した.以来アメリカの南部バプテストミッションの協力を受けつつ,北海道から九州の各地で教会を形成した.神学校として西南学院,東京バプテスト神学校を,出版社としてヨルダン社を運営している.信徒数は,2万8799名.<復> (2) 日本バプテスト同盟.1873年アメリカ・バプテスト教会外国伝道会(北部バプテストミッション)が来日し,横浜で本格的な宣教を開始した.東部組合と称して,おもに東日本で伝道を展開した.西部組合と合同した翌年に,日基教団に参加した.戦後教団を離脱する教会が増え,1958年に日本バプテスト同盟として新たな出発をした.東北,関東が中心であるが,関西にも進出してきた.関東学院大ともかかわりがある.信徒数は,4647名.<復> (3) 沖縄バプテスト連盟.1891年,スコットランドのアラン夫人の祈りを受けて,バプテスト教会の牧師原三千之助が来島し,伝道を開始した.1947年プロテスタント各派合同の沖縄基督教連盟が発足し,53年に沖縄キリスト教会となった.しかしその中ではバプテストの信仰を貫きがたいと考えた諸教会が離脱し,55年に沖縄バプテスト連盟を結成した.信徒数は,2041名.<復> (4) 日本バプテスト教会連合.日本基督バプテスト連合宣教団の伝道によって生れた教会が集まって,1965年に教会連合を結成した.聖書信仰に堅く立ち,かつバプテストの伝統的な立場を受け継いでいる.3次にわたる5か年計画を通して急成長した教団であり,信徒数は1958名.<復> (5) 保守バプテスト同盟.アメリカの保守バプテスト宣教団の働きにより生れた10教会が,1964年山形で結成した教団である.伝統的な保守バプテストの信仰に立ち,おもに東北,関東地方で教会形成をしてきた.宣教団と協力しながら伝道し,仙台バプテスト聖書神学校,聖書図書通信聖書学校等を運営している.信徒数は,1723名.<復> (6) その他のバプテスト教会.その他のバプテスト教会としては,千葉に神学校を有する日本バプテスト・バイブル・フェロシップなど6教団がある.<復> 6.日本救世軍.<復> 1865年W・ブースによってロンドンで始められた軍隊組織の伝道団体で,救霊伝道と社会福祉事業を一体のものとして推進した.1895年に来日し,山室軍平を中心として,廃娼運動等活発な働きを展開した.1940年英国のスパイ容疑で幹部が検挙され,名称も救世団と変えさせられた.日基教団では第11部に所属したが,1946年日本救世軍を再建した.日本の各地に小隊を持ち,23の社会福祉施設と二つの病院,救世軍士官学校を有する.信徒数は,5731名.<復> 7.戦前からの福音派の諸教団.<復> ここでは,戦前から伝道していた福音派の諸教派とそれらから派生してきた諸教団を取り上げる.これらの教派はホーリネス教会に代表されるように聖潔派とも呼ばれ,日基教団成立に際して6部から10部に属した.<復> (1) 日本イエス・キリスト教団.この群れのルーツは,明治の中頃に来日したバクストンやその後継者ウィルクスが,竹田俊造らと協力して結成した日本伝道隊にさかのぼる.その後日本イエス・キリスト教会を創立し,日基教団成立時には第7部として加入した.しかし戦後離脱し,1951年日本イエス・キリスト教団として日本伝道隊から独立したかたちで再出発した.教理的には,聖霊の満たしを強調する.信徒数は1万1179名であり,関西聖書神学校を運営する日本伝道隊と協力関係にある.<復> (2) 日本ホーリネス教団.1933年東洋宣教会日本ホーリネス教会が分裂した際,中田重治監督側と分れた群れは日本聖教会となり,日基教団では第6部に所属した.戦後東洋宣教会の働きかけを受け,ホーリネスの信仰を明確にすることを目指した人々が離脱し,1949年日本ホーリネス教団を結成した.まず新宿柏木に聖書学院を再建し,宣教団の支援を受けながら精力的に伝道をした.1963年に東京聖書学院とともに教団本部も東村山に移転し,それにより三多摩地区の伝道が進んだ.戦前のホーリネス教会同様,「新生,聖化,神癒,再臨」の四重の福音を実践する.信徒数,1万496名.<復> (3) 基督兄弟団,基督聖協団.基督兄弟団は,ホーリネス教会分裂後中田重治の指導の下にあったきよめ教会の牧師たちが,1946年設立した教団である.同年に聖書学院を開設し,教職者の養成を始めた.神学的には四重の福音に立ち,全国を9教区に分けて教会形成に努めている.信徒数は,3352名.<復> 1958年,基督兄弟団の28教会が離脱し,新たに基督聖協団を設立した.やはり四重の福音の信仰に立ち,さらに選民イスラエルの回復等を強調する.信徒数は,1294名.<復> (4) イムマヌエル綜合伝道団.教団創立者蔦田二雄は,戦前日本聖教会の教職にあったが,戦後新たな使命とビジョンのもとに,日本人の独立自治の教団を組織した.教理的には戦前のホーリネスの信仰にとどまらず,ウェスリ(ウェスレー)の「キリスト者の完全」の教理に代表される聖書的聖潔の究明並びに宣証と実践を目指している.日本全国に教会形成を進め,海外宣教にも意欲的に取り組んでいる.イムマヌエル聖宣神学院を運営し,信徒数は1万1876名.<復> なお1969年,信仰の実践上の理由からイムマヌエル教団を離脱した教会が設立した教会連合が,日本聖泉基督教会連合である.信徒数は1334名.<復> (5) 日本同盟基督教団.1891年にアメリカのスカンジナビア・アライアンス・ミッションの宣教師15名が来日,飛騨高山や伊豆で伝道を開始した.1922年日本同盟基督協会を設立し,日基教団では第8部に所属した.戦後教団を離脱した教会が,1948年日本同盟基督教団を設立した.1950年には日本同盟聖書学院(後に東京基督教短期大学に発展)を設立し,教職者養成を始めた.宣教団TEAMと協力しながら全国で広く伝道をなし,海外宣教にも意欲的に取り組んでいる.信徒数,6840名.<復> (6) 日本ナザレン教団.ホーリネス系の教派であるナザレン教団のアメリカ人宣教師が,1910年に京都で伝道を開始した.日基教団では第8部に所属し,1947年日本ナザレン教団を再建した.現在北海道から沖縄まで教会形成をしている.日本ナザレン神学校,日本キリスト教短大を運営し,信徒数は4787名.<復> (7) 日本アライアンス教団.アメリカのクリスチャン・アンド・ミッショナリー・アライアンスの宣教師が1895年来日し,広島で伝道を開始した.おもに広島,中・四国で伝道をし,日基教団では第8部に所属した.1949年の再建後は,関西,関東にも伝道圏を広げた.日本アライアンス神学校を有し,信徒数3215名.<復> (8) 日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団.戦前は日本聖書教会と称して関西から関東にかけて伝道し,日基教団では第10部に所属した.1949年に現教団を設立し,日本全国に伝道を拡大した.教理的には,聖霊のバプテスマとその第一のしるしとしての異言,神癒を強調する.海外宣教にも熱心に取り組んでいる.中央聖書学校を有し,信徒数は1万655名.<復> (9) その他の戦前からの教団.その他の教団としては,大阪を中心とする関西地方で伝道してきた日本自由メソヂスト教団,関東で伝道している福音伝道教団,ホーリネス教会の流れをくむ日本福音教団とそこから離脱した日本福音教会連合等がある.また,ホーリネス運動の流れをくみ,無教派を主張する日本神の教会連盟は,北海道から沖縄まで幅広く伝道している.教職制度を否定するキリストの教会のグループも,戦前からの伝道による群れである.<復> 8.戦後誕生した諸教団.<復> (1) 日本福音自由教会・日本聖契キリスト教団・日本聖約キリスト教団.まず日本福音自由教会は,1949年アメリカ福音自由教会の宣教師が来日し,埼玉県で伝道を開始したことによる.以来京都,関西,さらに太平洋ベルト地帯へと伝道戦線を広げ,急速な成長を遂げた.海外宣教にも熱心で,東南アジアに宣教師を送っている.信徒数は,3257名.<復> 日本聖契キリスト教団は,1949年アメリカカベナント教会によって始められ,主として関東で伝道しており,聖契神学校を運営している.信徒数は,744名.日本聖約キリスト教団は,スウェーデン聖約キリスト教会の宣教師が1949年来日したことから始まる.岡山県を中心に教会形成をしており,信徒数759名.<復> (2) メノナイト教会.メノナイト教会は,宗教改革の第3勢力と言われた再洗礼派の直系であり,成人洗礼,絶対非戦平和主義を強調する.<復> 日本メノナイト・ブレザレン教団は,アメリカの同教団の宣教師が1950年来日し,宣教を開始したことから始まる.おもに関西で伝道し,福音聖書神学校を有している.信徒数,1616名.一方アメリカのインディアナ州に本部を持つメノナイトミッションが1951年来日し,北海道で伝道した結果生れた群れが,日本メノナイト・キリスト教会協議会である.道東聖書学院を有し,信徒数は439名.他に日本には,メノナイトの群れが三つある.<復> (3) リーベンゼラ・キリスト教会連合.ドイツのリーベンゼラミッションは戦前にも日本で伝道していたが,群れとしての本格的な伝道は1951年に始まる.教会の成長に伴い,1979年教会の連合として組織を再編した.関東地方で伝道をしており,信徒数は1630名.<復> その他戦後誕生した教団として,日本新約教団,イエス福音教団,同盟福音基督教会,日本伝道福音教団等多くの群れがある.→日本の教会史,日本の宣教史,教派,日本のおもな神学校,世界の教会と神学.<復>〔参考文献〕『日本キリスト教歴史大事典』教文館,1988;『キリスト教年鑑・1989年版』キリスト新聞社;中村敏『日本福音宣教史』小野塚印刷,1989.(中村 敏)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社