《じっくり解説》聖餐論とは?

聖餐論とは?

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聖餐論…

聖餐は,洗礼(バプテスマ)とともに福音主義教会の礼典であって,みことばと「恵みの手段」を形成する.洗礼は信じ悔い改めた者が,罪赦されてキリストのからだなる教会につながれる礼典で,信徒にとって一度限りであるのに対し,聖餐は洗礼の約束に立ち,教会の交わりのうちに祝われ,信徒が継続的にあずかる礼典である.聖餐において,復活の主イエスが臨在し,パンとぶどう酒とともにその「からだと血」を与え,罪の赦しを確かなものとされる.さらに終末の救いの成就の望みを明らかにし,途上の交わりを強め,それにより教会とその信仰を担われる.<復> 聖餐は,教会の存続に生命線的重要性を持つ.だが,聖餐は教会史を通じ激しい論議の的であったし,また諸教会間の分裂の重大な原因の一つでもあった.洗礼の相互承認が諸教会間(カトリック教会も含めて)で,比較的円滑に成立しているのに対して,例えばヨーロッパの教会において,現在に至るまでルーテル教会と改革派教会相互の陪餐承認,また共同陪餐には多くの神学的折衝が必要であった.1529年に持たれたマーブルク会談でルターとツヴィングリが,聖餐設定のことばの中の「〜である」で一致に達せず,決裂に至った(後述)ことは象徴的である.聖餐ゆえの諸教会分裂は,信仰の中心点で教会が一致できなかったことを示し,教会の苦悩であるとともに世に対して「つまずき」であったと言える.だが逆に,聖餐がそれほど教会の信仰と存続に根本的な重要性を有するゆえに,諸教会にとって便宜的な妥協は不可能であったと言える.<復> 日本の諸教会では,聖餐を巡る論議はあまりなされず,実際的には聖餐の「相互承認」が暗黙のうちになされている.説教中心の教会形成が主流で聖餐が論議を呼ぶほどリアルな性格を持っておらず,周辺的な意味しか認められてこなかったからであろう.福音主義教会の霊的生命の十分な確保のために聖餐への神学的反省が要請されている.<復> 主イエスは「渡される夜」聖餐を制定された.弟子たちと食事をともにし,パンを裂いて感謝し,ぶどう酒をとって弟子たちに与え,「取って食べなさい.これはわたしのからだです.…みな,この杯から飲みなさい.これは,わたしの契約の血です.罪を赦すために多くの人のために流されるものです」と言われた(マタイ26:26‐29,マルコ14:22‐25,ルカ22:14‐20).その食事は「過越」の食事と深く関連し,イスラエルの出エジプトの救いを想起させると同時に,それを超えて「新しい契約」の実現を告知するものであった.そして聖餐は,教会の誕生の最初期から祝われていた.パウロは,聖餐制定に言及する中で(Ⅰコリント11:23以下),彼が伝えたことは「主から受けたこと」であると言っているが,「受ける」([ギリシャ語]paralambanein)は「伝承を受ける」という術語であり,「(伝承を介して)主から〜」の意味に理解すべきであろう.聖餐はパウロに先立ってすでに守られていた.キリストがキリスト論に先立っておられるように,聖餐も聖餐論に先立ち,その恵みの経験の中で理解が深められていったのである.<復> パウロが受け・伝えた「主の晩餐」は,その祝いの中で,主御自身が臨在され,主の死が告知され(Ⅰコリント11:26),「新しい契約」の事実が経験され(「キリストのからだと血にあずかる」同10:16),主の再臨の待望が確かにされる(「主が来られるまで」同11:26.参照マルコ14:22).古代教会において,聖餐の豊富なリアリティーは様々な理解を触発し,東方教会と西方教会でそれぞれの神学の関心の方向に沿って展開していった.<復> まず東方教会では,教父イグナティオスは,聖餐を「不死の薬」([ギリシャ語]pharmakon athanasias)と呼んでいる.聖餐にあずかることが永遠のいのちにあずかることであった.ユスティノスは,聖餐において,パンとぶどう酒が「受肉の主の肉と血となり,それによって私たちの肉と血が養われる」と理解した.エイレーナイオスは,パンは神の聖別により聖餐となり,それにあずかれば朽ちゆく体が不朽の体とされ永遠のいのちの望みを確かなものとすると考えた.これら教父たちの理解は「わたしの肉を食べ,わたしの血を飲む者は,永遠のいのちを持っています」(ヨハネ6:54)とのみことばを反映していると考えられる.彼らに共通なのは,パンとぶどう酒が,単なる象徴にとどまらずキリスト御自身の「からだと血」に「なる」という観点である.<復> これら教父たちの観点を実体的聖餐論(実体論)とすれば,もう一つの類型として象徴的聖餐論(象徴論)を指摘し得る.後者の立場は,物的要素(「物素」)であるパン・ぶどう酒が霊的・天的なキリストの祝福の象徴となるとする.オーリゲネースはその典型である.彼によれば,聖餐での真の飲食はみことばであり,それこそ魂を養うものであって,物素は象徴なのである.彼は,成熟した信仰者はそのように理解すべきだとした.しかし留意点は,象徴論も主の臨在のリアリティーを強調しているという事実である.実体論は,キリストが人間の地的現実に連帯された事実を強調し「上から下へ」の顧みが強調されているのに対し,象徴論においては救われた者がキリストの天的な祝福にあずかるという「下から上へ」が強調されていると言える.東方での聖餐理解の大勢は実体論の方向に発展し,それらは8世紀の神学者ダマスコのヨーアンネースによって集成され,パンとぶどう酒は,聖霊を呼び求める祈り・聖霊の物素への到来により,超自然的に主の「からだと血」に変化するという教理に達した.彼は「化体」の経緯を,キリストの受肉の秘義と並行的であると理解した.<復> 東方では「死・不死」が中心的関心であり,聖餐も「不死の薬」との方向で理解された.それに対して西方では「罪・義」が主題で,聖餐(「ミサ」と呼ばれるが「聖餐」で統一する)理解もそれに呼応する.要するに,聖餐において人間の罪のための十字架のいけにえは執行のたびに反復されるという観点である.大祭司キリストは御自身を父にささげられ,以後,司祭は主の命令に従い御自身に代って真の・十全ないけにえをささげる(キュプリアーヌス).さらに祝福のことばによってパンの本質はキリストのからだに変る(アンブロシウス).このように(関心の方向は東方とは異なるが)実体論が優勢である.しかしアウグスティーヌスは象徴論を代表する.キリストが御自身の「からだと血」について語られたことは霊的に理解すべきで,「わたし(キリスト)は,礼典を与えたが,霊的に把握してこそあなたがたを生かす.見えるかたちで祝われるが,それを霊的に把握しなければならない」と主の意図を解釈している.主の「からだと血」の象徴であるパンとぶどう酒の飲食によって,霊的にキリストと結ばれキリストのからだにつながれ,キリストの受難の想起へと導かれる.アウグスティーヌスの場合も,象徴は象徴にとどまらず,象徴するリアリティーの現実化と考えられている.<復> 9世紀前半,ラドベルトゥスが聖餐を本格的に論じ「化体論」的理解に明確な輪郭を与えた.神の全能の力により,物素は聖別後,受肉・苦難を経て復活し天にあるキリストの「からだと血」に変るとした.これに対し同時代のラトラムヌスはアウグスティーヌス的伝統から,物素とキリストの「からだと血」とは区別すべきであると論じた.この対立は11世紀のベレンガリウスとランフランクスに受け継がれる.前者はラトラムヌスの象徴論を,後者はラドベルトゥスの実体論を代表するが,西方においても実体論が優勢を占め,13世紀初葉の第4ラテラノ公会議で「化体説」(実体変化説)が教義化された.西方では,聖餐が「新たないけにえ」という理解が優勢となり,人間から神への行為となったため信徒の陪餐が後退し,教会の代表である司祭がミサをささげることが重要となり,信徒がミサにあずかることは2次的な意味しか持たなくなった.その陪餐もパンだけ受ければよいことになって,いわゆる「一種陪餐」が12世紀以降一般化した.また,物素がキリストの「からだと血」になるとされたため,「使用後」([ラテン語]post usum)も主の「からだ・血」として礼拝の対象となった.東方教会が陪餐を聖餐の不可欠要素としたのに対し西方教会の陪餐の後退(年に一度が一般化)は著しい対照をなしている.<復> 西方教会の聖餐は神の恩恵と人間の行為の総合であったと言える.神は完全ないけにえとして御子を教会にお与えになったが,教会はキリストとともに備えられたそのいけにえを神にささげるためである.それはまた教会がキリストとともに獲得する功績であり,他方,陪餐において与えられる恩恵は,功績の獲得を可能にする超自然的力の注入と理解された.この両面に共通するのは,救済は功績を根拠に与えられるという点である.聖餐は神によって備えられた人間の行為と考えられた.<復> 宗教改革の聖餐理解は,その福音理解と密接している.ルターは,聖餐を「いけにえの反復」とする理解に「わざによる義」を見,それを排斥した.彼にとって,福音は「罪の赦し」であったからである.人が義とされるのは,御子の「ただ一度」の十字架(ローマ6:10)によって,そして「信仰のみ」によってであったからである.聖餐は罪の赦しの告知であり,信じて受ける賜物であった.ゆえに罪の赦しを宣言する「制定のことば」(「これはあなたがたのために与えるわたしのからだである,罪の赦しのために流すわたしの血である」)が中心的となる.正当な意図・手順で執行された聖餐は超自然的に信仰者の意識を超えて恩恵的に作用する([ラテン語]ex opera operato)とのカトリックの理解(聖餐効力説)は否定される.<復> 宗教改革者たちは,カトリック教会の聖餐理解を誤謬とすることで一致したが,彼らの理解において相互に大きな相違があった.特に「現在」([ラテン語]praesens)を巡る,キリストの「からだ・血」と「パン・ぶどう酒」の関係である.ルターは物素において,それと「ともに」主の「からだと血」が現在する(キリスト現在論)としたが,ツヴィングリは物素は「象徴」であるとした.カルヴァンは物素における主の「からだと血」の現在は否定したが,それらの飲食を通し天的賜物をいただくとし主は霊的に臨在されると考えた.ルターは「共在説」,ツヴィングリは「象徴説」,カルヴァンは「霊的臨在説」と,異なる立場をとった.特に設定のことば「わたしのからだである,わたしの血である」での「〜である」(est)の意味を巡ってルターとツヴィングリは対立し,ルターが「〜である」は字義通りと断言したのに対し,ツヴィングリは「〜を象徴する」(significat)の意に解すべきだとした.またツヴィングリは神の霊は自由であって,それを礼典に束縛するのはその神の霊の自由を奪うことになり,さらに「肉は何の益ももたらしません」(ヨハネ6:63)を論拠にルターの説を否定した.だが,ルターの「〜である」への固執には深い救済論的関心がある.主の「からだと血」が物素に現在するとは,主御自身の受肉と密接している.主の受肉が「わたしたちの外なる」([ラテン語]extra nos)救済の事実であって,その祝福は信仰状態に依存しない救済の根拠であるが,聖餐における「からだと血」の現在も試練に動揺する信仰から独立した事実である.彼は救いの確信を約束のことばと「客観的な」事実をもって与えようとする福音に固執したのである(反ドナトゥス主義).ルターは確かに「属性の交流」なるスコラ的概念を援用し,主の「からだと血」は神性にあずかり遍在するゆえに聖餐の祝われるところどこでも現在すると論じた(キリスト遍在論)が,もとより神的秘義について思弁を弄することは彼の意図ではない.約束のことばに従い,その究明不可能な現在の「いかに」を詮索することなく,キリストの「おのれをむなしくし」その「からだと血」をもって来て下さる恵みにすがろうとしたのである.<復> さらに「〜である」の固執から,口で聖餐にあずかる時それに並行して霊で本来の祝福にあずかるとする立場をルターは否定し,「口であずかること」([ラテン語]manducatio oralis)を主張する.また同じ根拠から,主の「からだと血」に「ふさわしくない者もあずかること」(manducatio indignorum)を論じた(その場合は祝福でなくさばきとなる).他方カルヴァンは「有限は無限を包合しえない」(finitum non capax infiniti)との前提から,ルターの共在説を否定,その帰結の「口であずかること」も「ふさわしくない者もあずかること」も退けた.カルヴァンにおいては,祝福にあずかるのは「ふさわしい者」だけであって,「ふさわしくない者」はただのパンとぶどう酒を口にするだけである.<復> 以上から,聖餐の理解は大きく次のような区分があると言える.一方では,キリストの「からだと血」が聖餐においてどう臨むかで,その場合,実体論か象徴論,そしてその中間が考えられる.ルターは実体論的立場に,ツヴィングリは象徴論的立場に,カルヴァンは象徴論に近いが,キリストの臨在を主張する点で中間的な立場に立つ.他方,聖餐は「いけにえ」を主とするものなのか「陪餐」(愛餐の交わりも含めて)を主とするものなのかである.改革者たちは「陪餐」こそ聖餐の本質としたのに対し,カトリック教会は「いけにえ」をその核心と考え,東方教会は「陪餐」を主としながらも「いけにえ」の要素も含めていたと言える.<復> 福音主義教会は聖餐は「神からの賜物」であって,人間から神にささげる「なだめの供え物」ではないと信じる.賜物であるゆえに,それを受ける陪餐なしには成立しない.ゆえに頻繁に祝われることが妥当とされる.ところで福音主義教会が,聖餐を賜物として受け止める時考慮されねばならないのは,第1に恵みの手段としてみことばとの関係はどうか,つまり聖餐の固有の意味についてであり,第2にキリストの御臨在の性格の理解であり,第3に聖餐の祝福の多面性についての認識であろう.<復> 聖餐の固有性は,洗礼を含め礼典の固有性と考えることができる.礼典としての聖餐の意図は,みことば同様,罪の赦しの恩恵そのものである.みことばと不可分の関係にあり,みことばなしに聖餐はない.聖餐の固有性は,神が霊魂・身体的存在の人間に全的に語っておられることにある.パンとぶどう酒という卑近な要素に託すまでに御自身を低めて臨んでおられるのである.みことばが霊・知性に語られるのに対し,聖餐は身体そのものに与えられる.さらに,みことばは通例,集合的だが,聖餐は個人に直接,罪の赦しが「その人に」与えられていることを示す.ゆえに陪餐者が罪の赦しを確信する.聖餐は(洗礼とともに礼典として)「見えることば」([ラテン語]verbum visibile)と言われてきたが,約束を(飲食という)行為で受けるとの意味でも,そこに約束の事実が生起しているとの意味でも「行為的ことば」(verbum actuale)と呼ばれることもある.それゆえ,罪の赦しの約束,キリストの御臨在,キリストにあっての共同体の実現は,みことばと礼典である聖餐が全人的に臨むことによって十全に経験されるのである.<復> 第2に,キリストの臨在の性格について.端的な象徴論では,聖餐においても主が他の時と,特に異なって臨在されるということはない.しかし主が聖餐を制定,教会に与えられたのは,聖餐での主の臨在が具現化するためである.信仰者は不断に御臨在の中にあるが,人間の有限性ゆえ主への集中と世界における働きを同時的にすることができない.それゆえに,いわば潜在的にある主との交わりが顕在化して与えられる必要があるのである.そして,聖餐における主の御臨在の主張は,その経験の上に立っている.<復> ところでルターは,パンとぶどう酒と「ともに」それらの「中に」,主の「からだと血」の現在に固執したが,それは物質としての「からだと血」が問題であったのではない.受肉の主がその霊のみならずその「からだと血」とともに,まことの神・まことの人として,全存在をもって臨在される事実が事柄であった.カルヴァンが,キリストの臨在のリアリティーを主張しつつ,なおその物素におけるキリストの「からだと血」の現在を認めなかったのは,ルターに比して神の超越性と尊厳に関心の重点があったからであろう.ルターは,神の謙卑を主の十字架に見,聖餐においても,「制定のことば」の字義通り,パンとぶどう酒とともに主の「からだと血」がそこにあり,それをいただくことを信じたのである.たとえ,その「いかに」を明らかにすることはできないにしても.聖餐における主の御臨在は,初代の教会から今日までの確信であった.様々な理解がなされてきたが,受肉の事実の底知れぬ奥義を考える時,聖餐における臨在も,化体説を退けつつ臨在のリアリティーをなお具体的に主張したルター的現在理解をもう一度吟味する必要があると言えよう(赤木義光『聖餐論』自由が丘教会出版委員会,1981).<復> 第3の聖餐の祝福の多面性の認識については,神学的反省が求められよう.日本の福音主義教会の伝統が非礼典的,講壇中心的(従って主知主義的)に流れてきたとする時,神の臨みである礼典特に聖餐についての神学的反省が必要であろう.吟味の必要なのは,聖餐における「罪の赦し」への集中である.「罪の赦し」が包括的にではなく排他的な事柄として誤解される時福音の豊かさが奪われ狭隘(きょうあい)化する.聖餐理解も貧困化する.「罪の赦し」は救いの事柄の否定面を言うものであり,積極面は「義とされ・神の子とされる」である.それは神の祝福の「相続人」(ガラテヤ4:7)とされることで,その祝福の一切にあずかる特権を意味する.聖餐の祝福も,そのような包括的な意味において理解されねばならないであろう.実際,聖餐には,神の天地創造から,出エジプト,約束の地での定着,捕囚を経て,主の受肉・十字架の死による贖いと復活,新しいイスラエルの出現,そしてついに終末における救済の完成と創造意図の成就にわたる壮大な神の恵みの御計画が凝縮されていると言える.そして,教会は聖餐の礼典の祝いにおいて,神の救済のみわざの歴史を思い起し,「今・ここで」すでにその全ドラマの成就を信仰において経験し,父・御子・御霊なる神に感謝と賛美をささげる.<復> 聖餐は,教会の生を成立させている根本的な礼典であり信仰的事実である.それは,神の人知を超える秘義であるとともに,みことば同様,無尽蔵の豊かさを持つ.その意味で聖餐は不断にその祝福を学び認識していくべき教会の最も重要な礼典であると言えよう.→主の晩餐,聖餐の制定,聖餐式.(橋本昭夫)
(出典:『新キリスト教辞典』いのちのことば社, 1991)

新キリスト教辞典
1259頁 定価14000円+税
いのちのことば社