編集者Sの渾身のオススメ!

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使徒パウロは何を語ったのか

N・T・ライト

一時期かなり騒がれたN・T・ライトですが、今はどうなのでしょうか。ライトの「パウロについてのニュー・パースペクティブ(NPP)」については、さまざまな意見があるようですが、自分なりに判断するためには、やはりライト本人の著作を読むのが一番でしょう。

ライトの翻訳本はいろいろと出てきましたが、中でも『使徒パウロは何を語ったのか』はライトの最初期の作品に属しているので、ライトにとってNPPの出発点といえるかもしれません。また浩瀚な書物を量産しているライトにしては、比較的短い本です(といっても384頁ありますが)。ここから読み始めるのが最適でしょう。

この本には2つ主題があります。

パウロの説いた「福音」とは何か。
パウロの説いた「神の義」(または信仰義認)とは何か。 です。

例によって私の心に留まった点のみをご紹介します。

パウロの「福音」とは

一般的にいって、福音とは何でしょうか。神が天地万物を創造し、人間を罪のないものとして創造されたのに、人間が罪を犯してしまったこと。けれども人間を罪とその結果である滅びから救うために、イエス・キリストが人となって来られ、私たちの代わりに十字架上の死で罪を償ってくださったこと。そして復活なさったイエスを自分の救い主として信じ受け入れ、自分の罪を悔い改める者には、罪の赦しと永遠のいのちが与えられるということ、といえるでしょうか。

これはこれでいいのですが、これは聖書全体から抽出された、いうなれば組織神学的に導き出された福音(ゴスペル)ではないでしょうか。紀元1世紀に生きたパウロが新約聖書の中で語っている「福音(エウアンゲリオン)」とは違うのではないでしょうか。これがライトの問題提起です。

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いのちのことば社

エウアンゲリオンとは、古代ローマにおいて、新しい皇帝が即位したときに、その即位を布告・宣伝することを意味する言葉だそうです。パウロは書簡の中で、キリストがこの世界の王として王位に着座されたことを宣べ伝え、全世界はこの王を伏し拝まなければならないと勧めた。これが新約聖書でパウロが宣べ伝えている福音である、というのがライトの主張です。

ライトは、紀元1世紀という文脈の中にパウロを置いて、自分の主張を論証しようとします。ライトが最も引用するのは、パウロの各書簡と旧約聖書(特にイザヤ書の後半と、詩篇の中でもメシアの到来を預言した王の詩篇)です。ラビ文献や外典やヨセフスをどしどし引用されたらどうしようかと恐れていたのですが、それらは傍証として少ししか参照されません。あくまでも聖書本文が論拠なので、説得力があります。

パウロの「信仰義認」とは

これは議論が多岐にわたっていますので、私にとって印象的だった1点だけをご紹介します。パウロはどのようにして人が義と「される」のかを教えたのではなく、どういう人が義「である」のかを語ったのだ、とライトはいいます。ローマ人への手紙も、どのようにして人はクリスチャンに「なる」のかというプログラムを述べているのではなく、どういう人がクリスチャン「である」のかという条件を説明したのだということです。
「~になる」と「~である」の差ですが、これは大きな違いに思えました。私はクリスチャンホームに育ったので、いつ自分がクリスチャンに「なった」のかわかりません。けれどもライト先生流にいうならば、いつクリスチャンに「なった」のかでは重要ではありません。そうではなく、今現在クリスチャンとして生活していること、つまり今現在クリスチャン「である」ことのほうが重要なのだということです。

私は、この本を通していろいろと教えられました。ライト先生には賛成する方、反対する方、それぞれいらっしゃると思いますが、やはり学ぶべき点はどんどん取り入れたほうがいいと思います。ライト先生は、今までの神学とは違った視点から、福音に対してさまざまな光を当てています。ライト先生の著作を読むことは、私たちの福音理解をさらに深くより豊かにしてくれると思います。