私の人生を変えた信仰書

信仰生活

私の人生を変えた信仰書

四街道恵泉塾 塾頭 後藤 敏夫

プロフィール●1949年生まれ。聖書神学舎卒業後、長年牧師を務め、現在、札幌キリスト召団オリーブ山教会員。著書に『神の秘められた計画』(いのちのことば社)等がある。

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本読み人に聞く

クリスチャンにとって、聖書を読むことは基本ですが、良い信仰書を読むと、信仰というものがもっている裾野とか広がりを知り、目を開かせてくれることがあります。
信仰は時に視野狭窄症になる可能性を秘めていますから、読書を通して、信仰の広い世界を見ることが大切ではないでしょうか。それによって、直接的に力づけられ、励まされもしますし。

神の国の証人 ブルームハルト父子

自分の生き方に大きな影響を与えた読書というものがあります。出会いの時期も重要ですよね。同じ本を読んでも、ある人のある時期には影響を与えたけれども、他の人には理解できないということはあります。
私は、井上良雄先生の文章と本に学生時代に出会い、書き手である方が特別な人となりました。当時、二年近く萎えていた私の信仰に、先生の文章は、もう一度鼓動を蘇らせてくださった。もし、先生の著作に出会わなければ、教会に戻ることはなかったと思います。
一九八二年に、井上先生の書かれた『神の国の証人 ブルームハルト父子』が発行されました。それを、東京・新宿のキリスト教書店の書棚で見つけた時は、胸がいっぱいになって、抱きしめるようにして家に帰ったのを覚えています。いまでも、聖書以外に本を一冊だけ残せといわれたら、この本です。先生が本当に言いたいこと、この本の中の「キリスト教的肉との戦い」などの記述は、私にとって信仰の原点だと思います。

神の国の証人 ブルームハルト父子
井上良雄 著
新教出版社  定価:4,000 円+税(版元品切れ中)

コミュニティー

ジャン・バニエの『コミュニティー』という本も大切な一冊です。知的障がいをもつ人と健常者が共に生きるラルシュ・コミュニティを創設した人で、私が初めて牧師となった時代に、燃え尽き症候群のようになった時、古本屋で出会いました。
書棚にこの本を見つけた時、アウグスティヌスの著作の中に「取りて読め」とありますが、本当に、そんな声を聞いたように震えるような手で棚から取ってみました。帯には「愛することは脆くなることだ。人は、愛すれば強くなると思ってるけれど、必ずしもそうではない。愛するのは弱くなることだし、傷も受けやすくなる。しかし、それは愛することの妨げにはならない」というような意味のことが書いてありました。それを読んで、自分ももしかすると人を愛せるかもしれないと思って、読み始めたのです。

コミュニティー
ジャン・バニエ 著 佐藤仁彦 訳
一麦出版社  定価:3,400 円+税

遠いまなざし

私は、十年ほど前に、うつ病になりました。その時、パニック障害的な症状も出ました。動いているものを見るのがダメで、電車や会堂など閉鎖空間にもいられない。時間と空間の秩序が崩れたと言えるかもしれません。
しかし、そうした常識の枠が崩れることで、聖書に関する大事なことを気づかされました。それは、聖書は「神の息吹」だということです。どうすれば、その息吹に達することができるのか、ということがその後の私の課題となりました。
その時期に、押田成人神父の『遠いまなざし』(地湧社)に出会った。そこには、私の霊的な渇きに語りかけるようなことばがありました。おそらく、私の人生のまさにその時でなければ、受け止められなかった内容でした。とにかく心に沁み入ってきた。それによってまったく新しい世界に目が開かれました。それからの自分のものの感じ方や、進んでいく道がパーっと開けた感じでした。

遠いまなざし
押田成人 著
地湧社  定価:1,600 円+税

良い書物との出会い

本当に良い書物との出会いは、自分を変えます。そこには、人格的な呼び交わしがあって、その人の人生を新しい方向に据えるとか、その人の眺めを広くします。
すべての出会いに、ふさわしい時があります。自分の中で何か熟しているものがあって、その時に、その人にとって本当に必要な書物が、向こうのほうから近づいてくるというか、書棚から背を傾けんばかりに見えるという感じがするんです(笑)。
知識を仕入れるために読む本もありますが、どんなに学問的な本であっても、良い本なら著者に出会えるものです。
信仰書は、単に内容がよかったとか、面白かったというだけではない、著者自身を感じるものがいい。いま私が新しく読む本なら、書いている人がどのように生きているかを感じたい。それが直接書かれていなくても、そういうことは文章に表れざるをえないと思います。クリスチャンの書いたものには、何となく熱いものが伝わるような、その人が教会でどう生きているのか、そんなことを感じたいと思いますね。

イエスの御名で
ヘンリ・ナウエン著 後藤敏夫 訳(後藤氏が訳したナウエンの本)
あめんどう  定価:1,400 円+税

大量の情報の中で

現代人は、テレビやスマホなどの大量の情報の中で、本を読む必要を覚えず、エンターテインメントなものを求めているように思います。
教会も、一九八〇年代以降、変化しました。世の中の価値観に引きずられて、「神のための私」ではなく、「私のための神」になってやしないか。そうした雰囲気の中では、信仰書はまじめに読まれないでしょうね。この時流の中で喜ばれるとするなら、エンターテインメント的な、自分を楽しく幸せにしてくれる本ということになります。
それはすべて悪いとは言えません。クリスチャンも、ストレスの多い社会で生きていますから。求道者が聖書に興味をもつきっかけとなる役割もあるでしょう。しかし、クリスチャンが、いつまでもそこに留まっていていいのかという思いもあります。
かつては、「自分に死ぬ」ということがクリスチャンの口によく上りましたが、最近は影を潜め、自分の幸せを求める傾向が強くなりました。それらは対極にあることです。

聞く耳のある者は聞きなさい

「聞く耳のある者は聞きなさい」(ルカ8・8)ではないけれど、本当に神様が語りかけられる良い書物は、いのちのことば社の伝統の中にもありますね。ジョージ・ミュラーやアンドリュー・マーレー、オズワルド・チェンバース、バックストンもそうかもしれない。
聖書を読むことは大前提ですが、信仰書が教会で読み継がれていくためには、個人だけでなく、牧師などが読書指導していく必要もあると思います。信徒一人一人が、ふさわしい本を自分で探して読んでいくのは難しいですから。良いリーダーが良書の著者と同じ熱量で、「こうやって生きていこうよ」と示していく。闇が深まっている時代だからこそ、そういうことが必要になっていると思います。(インタビュー・砂原俊幸)

百万人の福音2019年1月号より>