[聞き手]福音歌手 森祐理 × NPO法人マザーハウス 理事長 五十嵐弘志
刑務所を出た人の約60%が、再び犯罪を犯してしまうという。その原因はさまざまだが、社会に戻っても居場所がなく、仕事や住居を得るための壁が高いのが実態だ。その結果、犯罪人脈に頼るという悪循環が起きるという。
それを断つため、出所者の社会復帰支援を行っているのが、NPO法人「マザーハウス」だ。自らも元受刑者で、受刑中にキリストと出会い、出所後に活動を始めた理事長の五十嵐弘志さんと、20年以上にわたって刑務所での慰問コンサートも行っている福音歌手の森祐理さんに、このテーマで語り合っていただいた。
イエスの愛を受刑者に運ぶ
拘置所でキリストと出会い 出所者支援に

具体的には、どんな働きをされているのですか。

刑務所を出所した人々の社会復帰をサポートしています。いま、ウチで関わっている受刑者は約七百名います。刑が確定した受刑者には、ボランティアの方々(クリスチャンがほとんど)が、「ラブレタープロジェクト」という文通を行っています。出所して社会に復帰後、マザーハウスの支援を求める人には、住居探しや生活保護申請を手伝ったり、マザーハウスで行っているコーヒーの加工・販売や、便利屋を手伝ってもらいます。そうやって、社会に土台を作るための準備を伴走します。この活動を通して教会に行く人も生まれていますし、洗礼に導かれることもあります。

受刑者の方の中には「俺には帰る場所がない」という人が多いですね。刑務所で罪を償うことも大事ですが、確かに出所後のサポートも必要だと思います。マザーハウスの土台はキリストと謳っておられますが、五十嵐さんは、刑務所で信仰をもたれたそうですね。

それは拘置所で出会った日系ブラジル人がきっかけでした。その方が、マタイの福音書の「右の目が、あなたをつまずかせるなら、えぐり出して、捨ててしまいなさい。からだの一部を失っても、からだ全体ゲヘナに投げ込まれるよりは、よいからです」(5・29)という聖句を口にしていたのです。聖書というのは恐ろしいなと思いましたが、それから無性に読みたくなって差し入れてもらいました。

そのブラジル人の方が語った聖書のことばが、生きて五十嵐さんの心に種となって植わったのですね。本当に、神のことばって生きていると思います。

それで初めて聖書を開きましたが、これは普通の本とは違うと思いました。それから毎日朝から晩までずっと読み、何度も読みました。使徒言行録で、「パウロ、パウロ、なぜ私を迫害するのか」ということばがありますが、ある時「弘志、弘志、なぜ私に罪を犯すのか」というキリストの声が聞こえたのです。聞いたとたん、涙がバーっと出て、わななきました。それは、尋常じゃない恐怖からでした。

神の畏怖に打たれたのでしょうね。

神様が人を打ち砕くとき、本当に心の底から砕かれる。底を見させられるというか。そして自分が、それまで人に与えていた恐怖、相手を殴った時に与えていた恐怖を実感したのです。それがのしかかってきて、たまらずに叫びました。「神様ごめんなさい!」と大きな声で泣いたので、刑務官が飛んできました。その出会いがあったから、自分が変わることができた。

人生を変える神との出会い、キリストの声を聞かれたのですね。

それ以降、深く聖書を読んで、神父さんやシスターやクリスチャンに教えてもらいました。私の身元引受人になってくれた佐々木満男弁護士の姿から父親の愛を教えられ、マザー・テレサのことばから母親の愛を教えてもらった。それまで、自分が体験できなかった大きな愛でした。
刑務所での介護が神の訓練場だった

教会の礼拝に出席できない刑務所の中で、どのように聖書を学んだのですか。

未決囚の時に信仰が与えられ、教戒師の神父さんが来てくれました。そして「信徒になるのなら、本物になりなさい」と言われた。その神父さんは、非行に走った子どもたちを自分の教会に泊めて通信教育を受けさせ、社会に送り出す働きを続けている方でした。
「本物」ということが、よくわかりませんでした。そこで、多くのクリスチャンに文通で質問したり、信仰書を読んだり、通信教育で入門講座を続け、日々ディボーションをしました。そうしてわかったことは、聖徒と呼ばれる人たちには、祈りと実践があるとわかったのです。
「本物」ということが、よくわかりませんでした。そこで、多くのクリスチャンに文通で質問したり、信仰書を読んだり、通信教育で入門講座を続け、日々ディボーションをしました。そうしてわかったことは、聖徒と呼ばれる人たちには、祈りと実践があるとわかったのです。

神様からマンツーマンで濃厚な訓練を受けられたのですね。刑務所の中で、介護の働きをされたと伺いました。

認知症やパーキンソン病になった高齢受刑者の世話をすることになりました。その世話は本当に大変でした。暴れる時もあって、もう祈るしかなかった。そうすると、しだいに相手も静かになってくれたりした。この介護を通して、いろんなことを学びました。神様って、本当に底辺で救いを求めている人の叫びを聞いてくださり、必ず触れてくださる方だと。

慰問コンサートで最初は暗い顔をしていた受刑者の方々が、歌っていく中で表情が和らぎ、目から涙をポロポロとこぼす姿を見ると、どんな過去があっても、人には神が与えた魂があることをいつも目の当たりにします。一人ひとりが神の創られた作品だということも。

森さんは、受刑者を人として見てくれましたが、社会はなかなか厳しい。しかし、本当に悔い改めれば、聖書の神様は、裁いた後に赦して、回復のための道を示してくれている。クリスチャンにも、教会にも、「あなたも出所者と同じ罪人です。互いに愛し合いなさい」と命じられているのです。それは、ことばだけではなく、行動として求められている。

クリスチャンは神様に罪赦された存在ですから、本当はいちばんわかってあげられる立場だと思います。

受刑者や出所者の前にイエス様が立ったら、どうするでしょう。「向こうへ行け」とは絶対に言わないはずです。この活動で支援する人の中には、再び犯罪を犯して刑務所に入る人もいます。そういうとき、イエス様は「俺の努力を無駄にして」とは言わないと思うのです。サヨナラするだろうか。いや、とことんまでつきあうはずです。だから、ウチは何度刑務所に戻っても、また来れば引き取るのです。社会の常識からしたら理解できないことでしょうが、ウチはキリストが土台だから、と僕は思っています。

イエス様は、7の70倍赦しなさいと言いましたね。それは、赦し続けなさいという意味だといいます。これは、五十嵐さんの働きというより、神様の働きなんだと思います。
刑務所の中にも神がおられると五十嵐さんは言われましたが、賛美の中にも神がおられる。それに触れられるとき、どんなことをした人でも何かが変わるはずです。それをどこでコンサートするよりも感じるのが刑務所です。だから、私にとって刑務所でのコンサートは特別な場所、私自身が探られる機会なのです。
刑務所の中にも神がおられると五十嵐さんは言われましたが、賛美の中にも神がおられる。それに触れられるとき、どんなことをした人でも何かが変わるはずです。それをどこでコンサートするよりも感じるのが刑務所です。だから、私にとって刑務所でのコンサートは特別な場所、私自身が探られる機会なのです。

受刑者の多くが、深い心の傷をもっています。幼少期に虐待を受けたとか。それを癒やす手助けができるのは、キリスト者しかいません。NPO法人は宗教活動ができませんが、イエス様の存在を知らせるのがクリスチャンの姿だと思うのですね。「こんな俺に、何でここまで関わってくれるのかな」と、思ってもらえることをする。

長いこと刑務所を転々とした方がいて、私が作成したキリスト教教材をきっかけに救われたことがありました。しかし、それは私の働きだけではなかった。その教材で聖書に興味をもった後、文通を10年間し続けた女性がいたのです。そこにキリストの愛があったから、手紙を書き続けることができたのではないか。そうしたキリストの愛に促された行動が人を変えていくんですね。

文通ボランティアの方々には本当に感謝しています。いま220人の方が行ってくださっています。文通はマザーハウスの事務所を介して匿名で行われます。その中のお一人が「彼らを通してみことばを教えてもらった」と言っていました。手紙で、聖書のことばの意味を質問してくるそうです。そのたびに教職者に聞き、学ぶことになる。この活動は、福音宣教であるとともに、関わる方にとっても恵みの機会になると思います。
日本の出所者の再犯率を下げるには、クリスチャンの方々が本気で関わってくださることが大きな力になると思います。いずれ、ウチの事業を社会貢献的な企業に発展させたいと思っています。出所者が、安心してこの会社に通い、しっかりとした技術を身につけて、仕事をさせていただく。もちろん、この会社では、キリストが中心です。朝は、仕事の始まりにあたってお祈りをしたい。
日本の出所者の再犯率を下げるには、クリスチャンの方々が本気で関わってくださることが大きな力になると思います。いずれ、ウチの事業を社会貢献的な企業に発展させたいと思っています。出所者が、安心してこの会社に通い、しっかりとした技術を身につけて、仕事をさせていただく。もちろん、この会社では、キリストが中心です。朝は、仕事の始まりにあたってお祈りをしたい。

祈りで始めるのはとても大切ですね。クリスチャンの方々が本気で関わってくださることが大きな力になる、とのことばも心に刻みました。本日は、ありがとうございました。