《3分で分かる》皇帝ネロとは?

皇帝ネロとは?

ネロ・クラウディウス…

ローマ帝国で5代目の皇帝。

紀元37年12月15日、ドミティウス家のグナイウスの子として誕生しました。母アグリッピナは、アウグストゥス帝の曾孫に当たり、紀元49年、母アグリッピナがクラウディウス帝と再婚。ネロはクラウディウス家に入籍し、ストア派の哲学者セネカが彼の家庭教師として選ばれました。野心に満ちたアグリッピナは、夫クラウディウス帝を暗殺し、紀元54年ネロは17歳で即位しました。

 ネロの治世最初の5年間は、好意的に迎えられました。しかし、愛人だったポッパエア・サビナとの結婚を願い、彼女の夫を左遷し、結婚に邪魔になりそうな母アグリッピナを殺害。さらに貞節な正妻オクタヴィアを離縁しました。その後、紀元62年ポッパエアと正式に結婚し、結局オクタヴィアをも殺害しました。再婚後のネロの治世は陰謀、暗殺、処刑が繰り返される恐怖政治がなされます。しかし属州や辺境での戦乱もあって、ネロは一気に没落への道をたどり、ついに、紀元68年、元老院や近衛軍に見捨てられ、自ら命を絶ち、13年8か月の在位の後、30歳6か月の生涯を閉じました。

 ネロは、キリスト教徒を初めて迫害した皇帝としても知られており、教会との直接、間接のかかわりを持っています。紀元64年ローマに大火が発生、多くの被害が出た際に、火災はネロのしわざとの風評が広まり、暴動が起こりそうになりました。そのためネロはその責任をキリスト教徒たちに転嫁しました。キリスト教徒の倫理生活を邪推し、「隠された罪」とか、ローマ人の伝統や社会秩序、その根底にある多神教にキリスト教徒が敵対するとして「人類憎悪」とかの罪名がきせられ、キリスト教徒に対する激しい迫害の嵐が吹き荒れました。

(参考:『新聖書辞典 新装版』いのちのことば社, 2014)

新装版 新聖書辞典
定価6900円+税
いのちのことば社