《連載小説》奴隷商人から神の僕に〔第3話〕

カルチャー

賛美歌「アメイジング・グレイス」を作ったジョン・ニュートンの生涯

第3話

栗栖ひろみ・作

プロフィール 1942 年、東京生まれ。早稲田大学卒業。80 年頃より、主に伝記や評伝の執筆を続ける。著書に『少年少女信仰偉人伝・全8 巻』(教会新報社)、『信仰に生きた人たち・全8 巻』(ニューライフ出版社)他。2012 年、『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞受賞。15 年よりWEB で中高生向けの信仰偉人伝を連載。ICU(国際基督教大学)教会会員。

運命の曲がり角

 こうして、ジョン・ニュートンは父親の船に乗り、イギリスとスペインの間を何度も往き来した。しかし、船旅は彼にとってあまり益とはならなかったのである。彼は、船員たちから荒々しいことば遣いや飲酒の習慣を習い覚えたことと、船内での重労働の手抜き加減を体得しただけであった。そして不幸なことであるが、あの寄宿学校以来身についてしまった習慣—自分を防御するために相手の弱味をいち早く握り、けんかを吹っかけたり、言いがかりをつける—といったことが一層助長されてきて、その言動は次第に不安定になってきた。そのため、彼の周囲にはいつでももめごとが絶えなかった。
 ある時など、朝からむしゃくしゃしていた彼は、積荷を抱えて甲板を歩いてきた1人の船員とぶつかって、思わずかっとしてどやしつけた。
 「おい。どこを見て歩いているんだよ!」
 その船員は驚いた拍子に、荷をとり落としてしまった。
 「このばかやろう!」
 彼はその船員を鉄拳で殴りつけた。そして、悪態をつきながらその場を去った。
 「あんな立派な船長にこんな息子がいるとはな」
 いきなり殴りつけられた1人の船員は、仲間にこう言った。
 「まったく、ひでえもんだぜ」
 航海が終わると、彼は父親と共に家に帰った。
 義母は、「お帰り。船旅は疲れたでしょう?」と言って迎えてくれたが、明らかにうんざりした表情が顔に出ていた。また、2人の子どもたちも、学校のことや友人たちのことを楽しそうに父や母と話しているきりで、彼のことはまったく無視してことばも交わさなかった。ニュートンは、そんな彼らと一緒にいたくないので、町に出かけては遊び歩くようになった。
 そのうち、町のごろつき仲間と親しくなり、家に帰らない日もあった。彼は、その頃町で流行していたジンをこっそりと飲むことを覚え、盛り場をうろついては賭博に興じるようになった。町には面白いことが数多くあったが、魂を蝕む危険な陥穽(かんせい)も至るところで口を開けていたのである。ニュートンはそれに気づかず、仲間と共に町を練り歩き、相変わらず大声で神を冒瀆することばを吐き散らしては喝采を浴びていた。
 「神様なんて、大うそつきのペテン師さ!」
 しかし、こうして神をののしりつつも、彼はふと心の中でやりきれないわびしさと虚しさを覚えていた。そしてその思いから逃れるように、ばか騒ぎをしたり、ジンを飲んでは賭博に興じ、次第に生活が荒れていった。

修業先の貿易商に追い出される

 彼が15歳になった時のことであった。航海に出てスペインに着いた時、父はアリカンテという町に彼を連れていった。そこには友人のロドリゲスという貿易商人がいたので、あいさつを兼ねて立ち寄り、貿易に必要な知識を身につけさせ、実務訓練をさせてもらうようにと息子を預けて帰っていった。
 「なんで今さらこんな奉公に出されなくちゃいけないのさ」
 彼は、怒りと不満を覚えてつぶやいた。
 友人の頼みというので、ロドリゲスはニュートンに、貿易に必要な知識として取り引き上の決め事、商品の見分け方、値の付け方などを教えこみ、実際に自分が取り引きした商品を見せて、手ほどきをした。そして、こう言うのだった。
 「貿易に必要なことを覚えておけば、一生生活に困ることはないよ。あんたが一人前の貿易商人になったら、お父さんはどんなに喜ぶことか」
 ところが、ニュートンは初めからひどく落ち着きのない態度で、何を教えられても熱心に聞くというようすが見られなかった。そして、教えを受けている最中も、心ここにあらずといったようすで、隙を見ては、店を抜けだして遊びに行ってしまうことが再三あった。
 (なんて落ち着きのない子だろう。この子に、はたして商売上の知識を完全に教えこめるだろうか?)
 ロドリゲスは困惑してつぶやいた。
 しかし、友人の大切な息子でもあるので彼は辛抱強く3か月ほど面倒をみたが、まるでその効果がなかった。
 とうとう、ロドリゲスは、お手上げといった状態で、友人に手紙を出した。
 拝啓。
  お預かりしているご子息の件ですが、 残念ながらこれ以上貿易の実務の手ほどきをするのは無理かと存じます。と言いますのは、彼は初めから何一つ覚える気がなく、集中して聞く耳を持っておりません。これ以上無理強いするのは本人にとってもよくないかと思いますので、どうぞ、しかるべき時に迎えに来られて、お連れください。
 父親は、情けない思いで、彼を連れ戻すために航海に出た。
 「この役立たず! おまえはロドリゲスさんの好意をむだにし、わたしの面目を丸つぶしにしてくれたな」
 父親は、こっぴどくどやしつけた。しかし、ニュートンは神妙に聞いているふりをしながら、心の中では舌を出していた。
 (知ってるぞ。親父は結局自分を家に置きたくないのさ。つまり、厄介払いがしたいっていうことだ)
 結局父は息子を奉公に出すことを諦め、友人ロドリゲスとの間もそれっきり音信不通になってしまった。

加速するごろつきへの道

 ニュートンは、家に帰ると相変わらず町に出ては悪い仲間とつきあい、酒を飲み、賭博をやり、けんかを売ったり買ったりして、体には生傷が絶えなかった。そのうえ、彼は以前よりももっとひどく神を冒涜することばを吐き散らしていた。
 「神様なんて信じるもんか! 人をだますペテン師やろうだからな」
 父が航海から戻ると、義母がこっそりと言った。
 「あの子が怖くなりますよ。あなたの留守の間ですけどね。あの子、ナイフを持ちだして、出ていったと思ったら、町の悪い友達と大騒ぎをして、もう少しで刃傷沙汰になるところだったんですよ」
 父親は頭を抱えた。
 「やはりだめか。航海に連れだして、世間を少しは見せてやろうと思ったのだが」
 「はっきり言わせてもらいますけど、あんなにひねくれた根性の悪い子、見たことがないですよ。こう言ってはいけないけど、亡くなった母親があんまり甘やかしすぎたんじゃないかしら」
 義母は、ニュートンの顔を見るのも嫌だというようにまくしたてた。
 (だが、あいつもかわいそうだ。なるべく家に閉じ込めないように外に連れだし、自由な世界を見せてやろう。そうすれば、考え方も変わるに違いない)
 父はどこまでも彼のことを思い、あれこれと考えるのだった。
 ところで、町で遊び回っていたニュートンがその頃熱中していたのは、「熊いじめ」だった。これは、当時最も人気の高い見世物で、テント小屋に連れてこられた熊を重い鎖で縛りつけて身動きできないようにし、これに犬をけしかけてかみつかせ、どのくらいもちこたえられるかを賭ける残酷なゲームであった。
 ニュートンは、哀れな獣のうめき声や咆哮を聞いても少しも心を動かされず、逆に血が沸き立ってきて、航海中にラム酒やジンをあおったときと同じように、凶暴なエネルギーが体内を駆け巡るのを覚えた。
 彼は毎日見世物小屋を訪れ、友人たちと賭け、勝ち続けたが、ある時、思わぬ誤算が生じた。彼の賭けた熊が死んでしまったのである。彼は負けたことを知ると、発狂するほどの憤りを覚えた。
 「おいっ! 賭け金を返せよ」
 彼は友人につかみかかった。
 「おまえが賭けるというから、おれは金を出し続けた。これはおまえが仕組んだことだろう?」
 「何を言ってるんだ。おまえがゲームをし慣れていないから、大損こいたのさ」
 「何を! もう一度言ってみろ!」
 2人は、たちまちけんかになった。ニュートンは相手の胸ぐらをつかんで引き寄せると、殴り始めた。そして、殴り続けるうちに心の奥底からどす黒い怨念が沸き上がってきて、相手が気を失う寸前まで打ち続けた。

懐かしい叔母からの連絡

 これを見ていた人が父親に一部始終を報告したので、彼は息子のことを本気で心配し始めた。
 そして、彼がこのように悪い習慣にどっぷり浸かることになったのは、航海に連れていったことが原因なので、もう二度と彼を海の仕事に就かせまいと決心した。そして、リヴァプールの商人であり、海運業により莫大な収益を得ているジョセフ・マネスティという人に相談をした。2人は最も親しい友人同士であった。
 マネスティは、ジャマイカ島にいくつも砂糖きびの大農場を持っていたので、ニュートンをこの農園に送りこみ、砂糖きびの栽培や砂糖の作り方、農園で働く黒人奴隷の扱い方などを学ばせ、ゆくゆくは彼が自分で砂糖農園を経営できるように指導してあげようと申し出た。そこで、早速父親は息子をマネスティに会わせた。
 どういうわけか、ニュートンはジョセフ・マネスティと会うと、まるで第2の父とも言うべき親しみと尊敬を覚えた。
 「ジョン、どうだろう。砂糖農園を持っていれば生活に困らないし、貿易商人になっても有利だと思うよ」
 「その農園って、もうかるんですか?」
 「ああ、もうかるとも。あっと言う間に財産が築けるさ」
 ニュートンは、金持ちになれると聞いて、この話を承諾した。そして、すぐにでもジャマイカに出発する気になった。これで彼もようやく落ち着いてくれるだろうと、父は胸をなでおろした。
 そんな時である。またしても彼の運命を変える出来事がその行く手を塞いだ。一通の手紙が届いたのである。
  ジョン、お元気ですか? 久しく会っていないけど、立派に成長されたことと思います。近くに来たときにはぜひわが家に立ち寄って、顔を見せてください。
      エリザベス・キャットリット
 彼が幼くして母を亡くし、悲しみの中にあったときに面倒をみてくれた母親のいとこからであった。ニュートンの胸に懐かしさがこみ上げてきた。
 ちょうどこの時、父親が彼にある用事を頼んだ。
 「ジャマイカ出発まで間があるだろう? ケント州のメイドストーンに住んでいる知人の所に、手紙と届け物をしてほしいんだが」
 「わかったよ、お父さん」
 彼は、地図を調べて仰天した。なんと、メイドストーンとエリザベス・キャットリットが住むチャタムは目と鼻の先ではないか。
 「お父さん。実は、エリザベスおばさんから手紙をもらったんだ。近くのようだから寄ってみてもいいかな?」
 その時、父はちょっと気まずそうな顔をしたが、すぐに許可してくれた。
 「いいとも、息子や。エリザベスおばさんにはよろしく伝えておくれ」

 こうしてニュートンは、それが自分の人生の分かれめになるとも知らずに、ケント州に向かって出発した。
【「百万人の福音」2017年3月号より】

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