《連載小説》奴隷商人から神の僕に〔第23話〕

カルチャー

賛美歌「アメイジング・グレイス」を作ったジョン・ニュートンの生涯

第23話

栗栖ひろみ・作

プロフィール 1942 年、東京生まれ。早稲田大学卒業。80 年頃より、主に伝記や評伝の執筆を続ける。著書に『少年少女信仰偉人伝・全8巻』(教会新報社)、『信仰に生きた人たち・全8巻』(ニューライフ出版社)他。2012 年、『猫おばさんのコーヒーショップ』で日本動物児童文学奨励賞受賞。15 年よりWEB で中高生向けの信仰偉人伝を連載。ICU(国際基督教大学)教会会員。

忌まわしき奴隷貿易

 ニュートンは、議会に提出する資料作りに全身全霊をささげて没頭していた。奴隷貿易を廃止させるための論文なのだから、思い出すだけでも震えおののくような、奴隷に対する虐待の数々を記憶から呼び起こし、克明に記さなければならなかった。
 ペンを進めるごとに、彼の心の傷からは血がにじみ出し、苦痛にさいなまれた。しかし、事実を正確に述べなくては、奴隷制度がどれほど多くの人にとって害悪となり得るかを立証することができないのだ。
 ニュートンは、キッタムの奴隷工場の扉を初めて開いた時の衝撃を生々しく思い出した。また、重い靴で反抗的な黒人奴隷の腹を何度も蹴った時の感触。泣きわめく子どもを母親から引き離し、母の痩せた首に枷をはめた時のむなしい気持ち。そして、今でも時々夢でうなされることがあるあの恐ろしい所業―反乱を企てた者たちの親指を工具に挟んで締めつけた時のこと…。許しを求めて彼らが泣き叫ぶあの声は、決して耳から離れなかった。

 彼はペンを取り、前項の《政治的重要性①―英国船員の死》に続き、2番めの項目の執筆を始めた。

 「《政治的重要性②―精神の腐敗》
 もう一つの害悪…この貿易が、それに従事する人たちの心に及ぼす恐ろしい影響のことです。…一般的に言って、お金を儲ける方法の中でも…これほどまでに道徳心を鈍麻させ、人の心から優しい人間的特質の一切合財を消し去り、細やかな人情の機微にことごとく逆らって、人間の心をまるで鋼鉄のように硬化させてしまう直接的傾向をもった方法を私は知りません。(略)
 …彼らの数が…10人か15人を超えないうちに、全員手かせ足かせをはめられ…2人1組でつながれています。…1人の奴隷の右手と右足を相手の奴隷の左手と左足に横断して、つまり右左は問わず、同じ側で相手の手足に一緒にかせがはめられる…ですから、相互の動きが完全に一致しなければ、手も足も動かすことができません。このようにして、彼らは…息抜きも取れずに、何ヵ月も(ときには9ヵ月も10ヵ月も)座り、歩き、横にならなければなりません。(略)
 私は奴隷たちが無慈悲なむち打ち刑を言い渡されたのを目撃したことがあります。…この刑は哀れな罪人がその苦痛の下でうめき声を上げる力もなくなり、生命の痕跡がほとんどなくなるまで続けられました。彼らが何時間も…何日にもなると思いますが、親指を締め付ける責め具を使った拷問にあって苦悶している姿を見たことがあります」
 (ジョン・ニュートンの論文「アフリカ奴隷貿易についての考察」より)
(※) 『増補版「アメージング・グレース」物語 ゴスペルに秘められた元奴隷商人の自伝』(ジョン・ニュートン著、中澤幸夫編訳/彩流社)より

 ニュートンは自分が実際に行った奴隷の虐待についても、包み隠さず述べた。また昔、船員たちから聞いたひどい話―自分に対して反逆しようとした奴隷をなぶり殺しにした船長の話も記述した。さらに、キッタムの奴隷工場で働いていた時、仲間から聞いた、泣き止まない一歳ほどの黒人の女の子を母親から引き離して海に投げ込んでしまった1等航海士がいたこと、さらに、昔の船員仲間が口にした保険業者に損害を払わせるために、事故を装って100人以上の奴隷を船外に投げ出した船長の話も、感情を交えずに正確に記述したのだった。
 次に彼は、奴隷たちがどこから連れてこられるかを人々に示さなければならないと考え、《奴隷の供給源①―原住民の奴隷制》《奴隷の供給源②―原住民間の戦争》《奴隷の供給源③―ヨーロッパ人による奴隷貿易》などの項も記した。

 ニュートンは自分が経験したこと、見聞きしたことをさまざまな角度から述べていったが、最後に、いちばんつらい事実を人々に伝えなければならなかった。それは、自分が船長になった時、船の倉庫にすし詰めにされた奴隷たちが、長い船旅の末に死んでしまったことだった。彼の目から涙があふれ出してきて、拭っても拭っても止まらなかった。そして、むせび泣きつつ、最後の項に手をつけた。

 「《奴隷たちの扱い―死亡率》
 わが国の場合、船を奴隷で満杯にすることが大きな目標になっています。…
 100トンか、それをやや超える船の積み荷は220人から250人を購入するように計算されています。…彼らがひどくすし詰め状態で…かせをかけられていて…身動きしたり、起き上がったり…すると必ずや自分自身を、あるいはお互いを傷つけてしまうということも、想像していただきたい。それに、航海中の船の揺れ、特に一方にかしぐ船の傾斜も無視することはできません。…奴隷が横方向に、つまり船と直交するように横になっているときは…不快さが増大するからです。…風下の側で横になっている者は特にそうです。
 …悪天候のためにどうしても奴隷を甲板に連れ出し毎日部屋を清掃することができないとき…1週間も鼻をつくような 腐った空気を吸います。…こうした事態が起こり、また拘禁されているときに彼らの心を奪う落胆があれば、命取りになります。(略)
 …イギリスの船がアフリカ沿岸全域にわたって年間6万人の奴隷を購入するとするなら、年間の死亡者数は1万5000人を大幅に下まわることはあり得ないということです」(同)

大きな反響

 ニュートンが書き上げた論文『アフリカ奴隷貿易についての考察』が出版されると、たちまちベストセラーになった。クラパム派の人々を主要なメンバーとする「奴隷貿易廃止協会」は、この冊子を3000部買い取ってイギリス上院議員と下院議員に配った。やがて論文は政治家だけでなく一般大衆の手にもわたり、読む者すべてに恐ろしい衝撃を与えた。
 イギリスの財政を支えるために公認され、ごく普通のこととして行われていた奴隷貿易というものが、アフリカの貧しい黒人たちの血にまみれた犠牲の上に成り立ち、想像を絶する苦痛と悲劇を彼らに与えていることに驚き、さらにこの貿易が、イギリスはじめヨーロッパの若い船員たちの健康を損ない、人間性を破壊し、生命まで奪い去ってしまう事実に打ちのめされたのである。

 「本当にこのようなことが行われているとしたら、これは取りも直さず国家の恥辱だ」
 ある議員は、このように言った。
 「これは生命に対する冒瀆であり、人間性の破壊だ」
 別の議員もつぶやいた。
 しかし、イギリスが、そしてヨーロッパの国々がこのようなことを行っていたという事実は、あまりにも恐ろしいことだったので、彼らは公然と意見を述べる勇気が出なかった。

 そのうち、ニュートンのもとに枢密院(有識者たちが国王に、国の政治状況などに関して意見を述べる機関。首相が責任者)から呼び出しがあり、奴隷貿易に関して実際にこのようなことが行われていたのかどうか証言してほしいと請われた。
 ニュートンが枢密院に着いて控室で待っていると、ピット首相らが出迎えて握手をした。
 「ニュートンさんですね。誰もが目を背けてきたこの問題に対し、適切な報告書を作っていただき、感謝しています」
 首相はこう言って彼を会議室に案内した。そこにはすでに、カンタベリー寺院の大司教、大蔵大臣、海軍大佐、そして5名の下院議員たちがそろっていた。
 ニュートンは、個人的な感情を交えることなく、ただ自分が実際に見たこと、聞いたことを語るだけにとどめた。そして、最後にこう言った。
 「今こそすべてのイギリス国民が、この国家をおとしめる恥ずべき奴隷貿易の実情に目を開き、その廃止に向けて立ち上がるべきではないでしょうか」
 「奴隷貿易廃止協会」は、チラシや小冊子を通して、ニュートンを先頭に一大キャンペーンを開始した。この時、思いもかけない協力者が現れ、ニュートンを驚かせた。あのウィリアム・クーパーが、わざわざ奴隷貿易廃止運動のために、自作の詩を投稿してきたのである。彼は今では、あれほど苦しんだ鬱病から立ち直り、詩人として世に認められるようになっていた。

 「黒人の嘆き」  詩/ウィリアム・クーパー
  故郷とその楽しみのすべてから無理に引き離され
  俺は、絶望のうちにアフリカの海岸を後にした。
  赤の他人の財産を増やすために
  荒れ狂う大波を渡り、耐えてきた。
  イギリスから来た男たちが俺を買い、売り、
  わずかな金で俺の価格を支払った。
  だが、やつらが俺を自分のものと登録しても、
  心は絶対に売れるものじゃない。(同)

 また、有名な陶芸作家のジョサイア・ウエッジウッドも、奴隷貿易廃止キャンペーンのために、商標マークをデザインしてくれた。1人の黒人が手と足を鎖でつながれてひざまずいて上を見上げている図が彫られ、「わたしはみなさんと同じ人間ではないですか?」「わたしはみなさんと同じ兄弟ではないですか?」という文字がつづられているものだった。これは、男性の煙草入れに刻みつけられ、また女性のカメオとして飾られて大評判となった。こうした協力者を得て、キャンペーンは盛り上がった。

 1789年4月。枢密院は奴隷貿易に関して850ページにも及ぶ報告書をまとめた。そして、5月12日の午後5時、ウィルバーフォースは議会で演説をすることになった。彼は、枢密院の報告書に沿って、奴隷貿易がいかに残酷で非情なものであるかを語り始めた。
 まず、ニュートンが詳細にわたって記述したとおり、奴隷が窒息しそうな狭い倉庫の中に手枷・足枷、またある時には首枷をしたまま詰め込まれ、長い航海を耐えなければならない事実や、その身に加えられる数々の虐待、そして家族と引き離され、おそらくは生涯抜け出すことのできないつらい労働生活に縛りつけられている事実を語った。そして、声を大にして叫んだ。
 「これほど大きな不正、これほど恐ろしく、取り返しのつかない過ちがあるでしょうか。悪しき根をもち、よこしまな欲望に基づいて行われている貿易は、たとえそれがどんなに利益をもたらすとしても廃止すべきです。わたしは今、この瞬間から奴隷貿易が完全に廃止されるまで、ひと時も休まず働き続けることを誓います」
 この演説は、3時間以上続いた。聞く者は、まるで呪縛されたように、身じろぎもせずに聞き入っていた。
 「まさに、イギリス議会において記録されるべき名演説だ。こんな演説ができる男は他にいないだろう」
 聞き終わった時、1人の議員がつぶやいた。

 しかしながら、これほど多くの議員に感銘を与えながらも、法案は議会を通らなかった。その後も、何度も議会に提案書が出されるが、なかなか通らない。ウィルバーフォースはすっかり落胆し、もうこの運動から手を引こうかと考えた。すると、これを知ったニュートンは手紙で彼を励ました。
  あなたは、同情すべきアフリカの人たちのために立派に振る舞われました。必ず良い結果が得られると信じています。ですが、今しばらく、この問題は人間の手を離れ、神様の手の中にあるのです。もし人間が不正をたださないなら、神様がただされるでしょう。

 ニュートンは、今まで自分を守られた神が必ず手を動かすことを信じて疑わなかった。

【「百万人の福音」2018年11号より】

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