《連載》どうせなら楽しく神を

信仰生活

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第10回 どうせなら楽しく神を

究極の「どう楽」とは?

となみ野聖書教会 牧師 横山幹雄

 本誌の編集部では、この「どうせなら楽しく」の連載を、短縮して「どう楽」と呼んでいる節があります。そうと知ってニンマリさせられました。私も道楽半分でこれを書いている節があるからです。
 「道楽」を辞書で引くと、「自分の生活の中に、仕事とは別に熱中できる趣味にふけり、それを楽しむこと。酒、色ごと、ばくちなどの趣味にふけること」とあってあまり良い響きがありません。しかし、その本来の意味は、仏教用語で、「仏道修行によって得た悟りの楽しみ」(『大辞林』三省堂)とあります。これです、これです! 今回は、究極の「どう楽」がテーマです。
 北海道での講演会に招かれ、その機会を用いて北海道の野鳥に会うプランを立てました。ホテルの朝食でのこと。隣の席に座られた白髪の女性が、食事の間中ずっと独り言をつぶやいていました。楽しそうに語りかけたかと思うと、急に怒りだしてお説教を始めます。「お気の毒に」と思いながら、早めに食事を切り上げました。
 その後、念願だった北海道大学の苫小牧研究林を訪ねました。美しい森の中で、初めての鳥たちとの出会いがありました。しかし、いちばんの目当てはシマエナガです。ひたすら歩き回りながら、自然と祈っていました。「イエス様、私はシマエナガに会いたくてはるばる富山から来ました。あなたはどこにシマエナガがいるかをご存じです。どうぞ、私の前に連れてきてください。ノアの箱舟に、動物たちを導かれた神様、どうぞシマエナガを1羽、ほんの一瞬でもけっこうです、連れてきてください!」
 その日、私のそばを通りかかった方々は思ったことでしょう。「はげ頭のじいさんが、ぶつぶつつぶやきながら、森の中をさまよっている。お気の毒に」と。

クリスチャンであることの特権

 神様と語り合えるということはすばらしい恵みです。いつも共にいてくださる神様の存在を感じながら過ごせることは、クリスチャンの大きな特権です。その神様は、厳しい、裁くような視線で私を監視し、まじめに生きよ、へらへらするな、人生は厳しいのだ、と指図するような方ではありません。温かいまなざしを向けて、「わたしの愛する者よ。わたしの尊い宝よ。わたしにとって、あなたの存在は喜びであり、楽しみだよ」と語りかけてくださるお方です。どんな境遇、状況にあっても、祈りによって神様のもとに走り寄ると、そこには他では得られない平安が、喜びが、楽しみが待っています。
 「あなたの御前には喜びが満ち、あなたの右には、楽しみがとこしえにあります」(詩篇16編11節)
 「人のおもな目的は何ですか」という、ウエストミンスター小教理問答、第1問に対する答えです。
 「人のおもな目的は、神の栄光をあらわすことと、永遠に神を喜ぶことです」。人の生きる目的に対するこれ以上の答えを私は知りません。神の栄光を表す生き方の力は、神を喜ぶことから与えられます。
 「主を喜ぶことは、あなたがたの力であるから」(ネヘミヤ8章10節 別訳)
 神様を喜ぶことは、自分自身のありのままを受け入れ、喜ぶことにつながります。神様のご性質が完全であり、間違いがないことを知ると、その神様に造られ、生かされ、導かれている自分を受け入れられます。たとえ現実が耐えがたい状況や境遇に見えても、「すべてのことを働かせて益としてくださる」(ローマ8章28節)神様を知っていますから、平安でいることができます。

「ほんまもんや!」

 金沢の少年院で長くバイブル・クラスを開かせていただきました。少年院に外部から関わっている者たちの会合で、ある僧侶の方と隣り合わせになりました。互いに自己紹介をして、食事が始まりました。そのお坊さんが尋ねました。
 「牧師様の本部は、どこにありますか?」
 「え、本部ですか? 私の本部は上にあります」
 「どういうことですか?」
 「地上の本部はありません。何かあると、上の本部…神様に直接、お祈りによって訴えます。上の本部は、実にすばらしく応えてくださいます」
 すると、お坊さんは腕組みをしてしばらく考え込み、私の目をまっすぐに見て言われました。
 「あんたさんのがほんまもんや! わしら汚いもんや。本願寺と、金よこせ、よこさぬとけんかばっかりや。あんたさんのがほんまもんや!」
 それ以来、このお坊さんと親しいお友達になりました。会うたびに、「あんたさんのがほんまもんや!」と繰り返されます。「そうまでおっしゃるなら、イエス・キリストを信じたらいかがですか?」と水を向けると、「それはいかん。食いっぱぐれるから」と残念な答えでした。
 私が、浄土真宗の牙城と呼ばれる北陸で、長く伝道させていただいている理由の一つは、このお坊さんの励ましがあるからです。
 クリスチャンが、この全宇宙の創造者である神様を、「お父さん!」と呼んで親しく祈るのは、クリスチャン以外の人々からすれば不思議で、しかしすごいことなのです。
 それで、祈りが答えられて北海道でシマエナガに会えたのかですって? いいえ、祈りの答えは、「一度で会えたらつまらないでしょう? もういちど北海道にいらっしゃい!」でした。さて、いつ行こうかな?
「百万人の福音」2016年10月号〉

よこやま・みきお
1943年高知県生まれ。石川県の内灘聖書教会で37年間牧会の後、富山県に移り、砺波市での開拓伝道に挑戦中。となみ野聖書教会牧師。内灘聖書教会名誉牧師。趣味はバードウォッチング。

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