9条「改正」のポイント 問題は? 選択肢は?
2019年の参院選が終わり、現政権はいよいよ憲法「改正」を進めると公言している。とはいえ、どのように改正しようとしているのか、問題点は何なのか、把握できている人は決して多くはない。ここでは、特に9条「改正」について論点を整理してみた。〝その時〟にしっかりと自分の意見を投票できるよう、備えよう。
編集協力 伊藤朝日太郎
弁護士、「明日の自由を守る若手弁護士の会」設立メンバー
現行憲法 第9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
特徴
● 侵略戦争のみならず、自衛のための戦争・自衛のための軍備も禁止している点で、徹底した平和主義、非武装主義の理想がうたわれている。
● アジア太平洋戦争への反省に立ち「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」した憲法前文の精神に沿う。
● 自衛隊の保有は歴代日本政府の憲法解釈のもと合憲。仮に憲法の条文と現実との間に矛盾が生じたとしても、非戦・非武装の理念を掲げ続けることに意味がある(自衛隊の保持を認める立場からの評価)。
● 核戦争による人類滅亡の危険すらある現在、非武装こそ現実的な安全保障政策である(自衛隊の解散を主張する立場からの評価)。
課題
● 現行憲法を文言通り遵守するのであれば自衛隊を解散せざるをえず、非現実的である。
● 国民の圧倒的多数が自衛隊の存在を支持しているにもかかわらず、現行憲法は戦力の保持を禁止しているため、憲法の条文と現実との間に矛盾が生まれている。(これに対し、自衛隊発足〈1954年〉以降の歴代政府は、国民の生命・自由・幸福追求の権利が根底から覆される事態を避けるため、外部からの武力攻撃に対する必要最小限度の実力行使と実力組織の保有は、憲法が禁止する「武力の行使」「戦力」には当たらず、許されるとしてきた)
● 現在の自衛隊は、集団的自衛権が行使できず、海外での武力行使も認められない(2015年安保法制を前提にしたとしても、集団的自衛権がごく限られた範囲でしか認められない)など、他国の軍隊に比べて活動の制限が大きく、特に海外での安全保障協力活動に支障をきたす。
● アメリカの軍事力に依存した関係が継続される。
改訂案①(全体を改正し、国防軍の保持を明記)
自民党改正草案。『日本国憲法改正草案(全文)平成24年4月27日(決定)』/自民党憲法改正推進本部より)
第2章
安全保障(現行法では第2章の見出しは“戦争の放棄”)
(平和主義)
第9条
1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。
(国防軍)
第9条の2
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
(第9条の3 省略)
特徴
● 他国並みの装備・権限のある国防軍を保有。
● 国際法上認められた自衛権の発動が憲法によって制限されることはなくなるので、制限なく個別的自衛権・集団的自衛権の発動が認められる。
● 国防軍が、他国の軍隊と共同で海外で武力行使することが可能になる(「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動」)。
● 戦前の日本軍や、現在のアメリカ軍にあるような軍法会議(国防軍審判所)が設置される
課題
● 戦争放棄の理想が、完全に空文化される。
● 日本が実際に攻撃されていない場合でも、それどころか日本の同盟国すら攻撃されていない場合でも、海外に出動して武力行使を行うことができるようになる。
● 国防軍審判所(軍法会議)の審理は、軍人により、非公開で行われることになるので、軍部による統制・弾圧の道具になりかねない。(他方で、国防軍審判所は国防軍内部の機関なので、「身内に甘い」不公平な裁判が横行しかねない)
● 国防軍の設置は明記されるにもかかわらず、軍隊の出動の条件など、軍事をコントロールする規定が極めて不十分。(ドイツ憲法では、軍隊についての定めがある反面、軍隊へのコントロール規定も整備されている)
アメリカ海兵隊と合同訓練を行う自衛隊員
改訂案②(2項までを残し、自衛隊の存在を明記)
現在、安倍首相政権下で議論中の自民党案より
特徴
● 現行憲法では自衛隊の存在が合憲か違憲か論争があるところ、この改正を行うことによって、自衛隊が合憲であることが明確になる。
● 戦争の放棄と戦力の不保持を書いた現在の条文はそのまま残るため、「現状」からの変更はない。
課題
● 3項を加えても、2項の条文の制限のもとで自衛隊を認める内容ならば、結局自衛隊が「戦力」と言える存在になれば憲法違反になってしまうため、自衛隊の合憲性をめぐる論争が決着することはない。
(他方で、3項が、2項の「例外」として自衛隊を保持するという条文であれば、自衛隊は明らかに合憲となる。しかしその場合、自衛隊は「陸海空軍その他の戦力」に該当しても合憲となりかねず、戦力不保持を定めた2項が空文化してしまう)
● 集団的自衛権の一部行使を認めた安保関連法制のもとで、「自衛隊」を憲法に書き込む改正を行うことは、結局、憲法学者の圧倒的多数が違憲だと述べた安保法制を、国民投票によって承認するのに等しい政治的効果をもたらす。
● 自衛隊という実力組織の根拠条文が置かれるのに、自衛隊の出動の条件など、自衛隊をコントロールする規定がまったく存在しないため、自衛隊の規模・権限の拡大を招きかねない。
改訂案③(2項までは残し、武力行使に制限をかけるための3項以降を新設)
元法制局長官 阪田雅裕氏 改正案/朝日新聞デジタルより
3 前項の規定は、自衛のための必要最小限度の実力組織の保持を妨げるものではない。
4 前項の実力組織は、国が武力による攻撃をうけたときに、これを排除するために必要な最小限度のものに限り、武力行使をすることができる。
5 前項の規定にかかわらず、第三項の実力組織は、我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされる明白な危険がある場合には、その事態の速やかな終結を図るために必要な最小限度の武力行使をすることができる。
特徴
● 自衛隊の存在を明記し、その存在を合憲化するとともに、武力行使の程度に制限を設け、必要最小限を超える部分に歯止めをかける。
● 安保法制と整合性を図り、その行使の範囲を明確にしている。
課題
● 9条2項の例外として「自衛のため必要最小限度の実力組織」(自衛隊)の保持を認めるため、自衛隊は「陸海空軍その他の戦力」に該当しても合憲となりかねず、戦力不保持を定めた2項が空文化してしまう。
● 「自衛のため必要最小限度の実力組織」(自衛隊)の根拠条文が置かれるのに、自衛隊の出動の条件など、自衛隊をコントロールする規定がまったく存在しないため、自衛隊の規模・権限の歯止めなき拡大を招きかねない。
● 「我が国の存立が脅かされる明白な危険」という文言は、2015年安保国会での答弁にも表れた通り、拡大解釈が可能であり、歯止めにならない。
【「百万人の福音」2018年5月号より】