《特集》西日本豪雨ー岡山キリスト災害支援室

証し・メッセージ

《特集》西日本豪雨ー岡山キリスト災害支援室

増しつつある災害の規模 生きる教会のネットワーク

草井琢弘

プロフィール 岡山キリスト災害支援室室長。日本同盟基督教団・岡山めぐみキリスト教会牧師

「岡山キリスト災害支援室」立ち上げ

2018年7月に発生した「西日本豪雨災害」を受け、県内の宣教ネットワークである「岡山県宣教の集い(県宣)」(草井琢弘委員長)は同13日、「岡山キリスト災害支援室」(岡キ災)を立ち上げました。災害直後に岡山入りした「ハンガーゼロ」と日本聖約キリスト教団災害支援委員会との話し合いに陪席させていただいたことがきっかけでした。岡キ災発足後、経験の浅い私の何よりの支えとなったのは、長年培われてきた「県宣」による教会協力でした。
これまでボランティアを受け入れた経験はなく、どのように支援室を立ち上げたらよいか、働き手や必要経費など、課題は山積していました。そんな中、ハンガーゼロをはじめとする多くの災害支援団体が支えとなってくれました。インドから来日した「サマリタンズ・パース」のスタッフは、アメリカ本部から「日本行きを5分で決断せよ」と迫られやってきたそうです。また、日本福音同盟(JEA)をはじめ、多くの国内外の災害支援団体や教団教派の代表が、岡キ災の広江センター(日本聖約キリスト教団広江聖約キリスト教会)を訪れ、被災地(倉敷市真備町)に足を運んでくれました。
多くのボランティアチームと多額の支援金が送られてきたことも驚きでした。私は「投獄されたペテロが御使いによって解放されたのを見た教会の驚き」(使徒12・4—16)を思いました。それは、熱心に祈っていた教会の思いをはるかに超えた神様のみわざだからです。心配しながら祈り続ける私の思いを払拭するかのように、神様のみわざは圧巻でした。

災害から1週間後、瓦礫が積み上がった町のようす

地域の信頼と神の豊かなみわざ

災害支援を行うにあたり、私たちはボトムアップ形式の支援を選びました。上意下達ではなく、人々と個別につながり、与えられた働きをひたすら黙々とこなし続けるかたちです。ですから、直接伝道は控えました。これまでの災害支援の経験からも、「伝道ありき」になると被災者は心を閉ざします。しかし、ひたすら被災地に仕え続けるとき、「どうしてそこまでしてくれるのか」と人々は心を開き始めるのです。
真備町には教会がありませんが、キリスト者はおられ、あるご夫妻は仮設に住まいながら災害支援に協力してくれています。
岡キ災の活動は、真夏日の劣悪な環境の中でのことでした。そのため、20分の作業と10分の休憩を繰り返しました。ボランティアたちは黙々と作業に専念し、「特に岡キ災の作業は丁寧で最後まできちんとしてくれる」と評価され、「作業時間だけではなく休憩時間も家主(被災者)の話に耳を傾けてくれる」と感謝されました。私も何度か現場を訪れましたが、傾聴の必要性を実感しました。ボランティアに多くの牧師が与えられたことも、主にあって地域に寄り添う証しとなりました。後の報告で、祈りの中に被災者(家主)が加わられた証しも聞きました。黙々と被災地に仕えるボランティアを通して、被災地の方々の心が開かれ、岡キ災の働きが次々に広まりました。
支援を通して多くの主のみわざがありましたが、今回はおもに四つを紹介します。①倉敷市より、「真備児童館」での作業を任されました。特にこの作業は劣悪で、天井まで水に浸かっていたので断熱材に泥水がしみ込み、天井板をはがす際は頭上から泥水をかぶりながらの作業となりました。作業を視察に来られた児童館の館長は、これを目の当たりにして感動し、毎日感謝を伝えに通われました。12月には、真備児童館より感謝状を頂きました。
②ボランティアに行ったSさん宅で石臼が見つかったことから提案された餅つき。国内外からのボランティア約50名と、被災地の方々とで合同餅つきを行いました。住まいを失い途方に暮れる方々が、豊かな交わりを通して笑顔を取り戻してくださいました。 岡キ災は、ボランティアが着用している赤いビブス(ゼッケン)によって「キリストさん」「赤いビブスの人たち」と呼ばれるようになり、存在が地域に認められていきました。今もSさんとは良い関係にあり、良き協力者となってくれています。
③岡山の教会協力によって、広江以外にもボランティアの宿泊先(水島・笹沖・矢掛の各聖約キリスト教会など)が与えられたことや、ボランティアの夕食を毎日手作りで提供いただいたことも、主にある恵みでした。作業を終え、疲れて帰ってきたボランティアを励ます肉の糧でした。
④ボランティアから救われる人が起こされたことです。これまで教会に行ったことのなかった方でしたが、岡キ災のボランティアに参加し、救われました。12月24日、広江聖約キリスト教会(吉岡創牧師)で洗礼式(会場はユースセンター牛窓)が行われ、多くの関係者が詰めかけ祝福しました。この方は、今も長期ボランティアとして活動しています。
活動を通して教えられたのは、神様は緊急時に私たちの思いをはるかに超えて働かれるとともに、地道に積み上げる働きを通して、「主が共におられる」ことが地域に証しされたことです。私自身もみことばによって、地域に寄り添う災害支援の中に、「主が共におられる幸い」を覚えました。

水没した真備児童館

「真備に暮らしの温もりを」

岡キ災の働きは、12月より真備センター「まびくら」に移り、被災地での居場所づくりとともに寄り添う支援を開始しました(当面は2年間)。真備にセンターを、と願いながらも行き詰まっていたところ、日本基督教団の協力支援によって「まびくら」が与えられたことも驚きでした。そもそも岡キ災立ち上げ会議から同教団東中国教区議長の大塚忍氏(岡山教会牧師)が出席してくださり、ボランティアにも何度も来られました。その後、岡キ災に加わってくださった同教区を、日本基督教団が全面的に支援するという運びになりました。
12月8日、「まびくら」の開所式が行われました。同教区の教会、「県宣」はもちろん、ハンガーゼロ、ボランティア先の方々(被災者)を含む、多くの方が参加くださいました。同25日にはクリスマス(「YMCAせとうち」主催)、「ぬいぐるみプロジェクト」(九州キリスト災害支援センター協力)が、28日には餅つきが行われました。「まびくら」に期待が寄せられ、その存在が地域に少しずつ浸透しています。
「県宣」、これまで協力支援を頂いた諸教会、倉敷市社会福祉協議会、その他多くの災害支援団体と協力をもちながら、真備に暮らしの温もりを届けていきます。そしてその先に、キリストの教会が生み出されることを夢見ています。引き続き、ご支援ご協力をよろしくお願いします。詳しくは「岡キ災」のfacebookをご覧ください。

〈「百万人の福音」2019年3月号〉

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