《旬人彩人》中村 佐知さん

信仰生活

翻訳家 中村 佐知 さん

なかむら・さち:1963年生まれ。国際基督教大学在学中に交換留学で渡米し、プリンストン大学心理学科博士課程修了。アメリカで結婚し、3女1男に恵まれる。2016年、次女美穂さんがスキルス胃がんで召天。闘病と信仰の軌跡をつづったブログが話題を呼び、世界中の人が祈りをもって見守った。2019年11月、ブログを『隣に座って』と題し、出版。

イエスが隣にいるということ

 2016年3月。中村佐知さんの次女・美穂さん(当時21歳)は御国に召された。娘の早すぎる死は、中村さんに一生消えない痛みを残した。しかし、神との関係は以前にもまして親密になった。その過程をつづったブログを出版した中村さんに、理由をお聞きした。

人生でいちばんつらい嵐

美穂さんが背中の痛みを訴え始めたのは2015年3月のことだった。最初は筋肉痛だと思っていた。しかし痛みが耐え難くなり、病院に行くと首と背中に圧迫骨折があることがわかり、やがてそれは、がんが骨に転移した結果であることが判明した。

 20歳の娘に降りかかったあまりにも唐突な末期がんの宣告。がく然としながらも、中村さんがパニックに陥らなかったのには理由がある。14歳の時、宣教師に英語を習いたくて近所の教会に通い始め、高校を卒業する頃に洗礼を受けた。長い信仰歴の中でも、それを深めるのに重要な役割を果たしたのが2011年に始めた「霊的同伴」という、自分の生活の中における神様の働きに思いを至らせる訓練だった。
 霊的同伴者と定期的に面談し、神様の働きかけにどう気づき、応答しているか、あるいは今、何を気に病んでいるかなど、そのとき自分の中にある思いを何でも自由に話す。同伴者は、批判も評価もアドバイスもせず、ただ聞いて寄り添い、相手が神様とのやり取りの中で変容していく魂の旅路に「同伴」してくれる。
 美穂さんの病気がわかる半年ほど前、この霊的同伴のセッションの中で、中村さんは一つのことに気がついた。ルカの福音書に、イエスが弟子たちに「さあ、湖の向こう岸へ渡ろう」と促し、舟に乗るシーンがある。しばらくすると突風が吹き始め、舟は危険な状態になるのだが、イエスは寝ておられた。弟子たちが泣きつくと、イエスは風をしかりつけ、湖はないだ。
 この箇所から中村さんが気づいたのは、この時、「舟に乗って向こう岸へ渡ろう」と言い出したのはイエスだったということだ。つまり、イエスに従っていても、人生には嵐が起こることがある。同伴者に「イエス様が『向こう岸に渡ろう』と言われたのだから、途中で嵐に見舞われても大丈夫です。イエスが共におられますから。向こう岸に何があるか楽しみです」と伝えた。

 美穂さんへの末期がん宣告のあとに、祈りの中でこのことを思い出した中村さんは、まさかこんな嵐に見舞われるとは、と絶句したが、「でも、イエスが共におられるから」という気持ちに変わりはなかった。
 人生に起こる嵐の中でも、「20歳の娘に降ってわいた末期がんの宣告」よりも激しい嵐はそうそうないだろう。だが、その前年から自身も同伴者になるための指導を受け始めていた中村さんには、大嵐の中でも神様を見失わないための備えがされていた。霊的同伴を受け、また同伴をするための訓練を受ける中で、中村さんの中には神様に対する2つの信頼が培われていた。恐れや苦痛があるとき、どんな反応をしても神様は怒らずに受け止めてくださるという信頼。そして、その出来事がどうなろうと「最終的には大丈夫」という信頼である。
 「最終的」というのは、1年後や10年後、あるいは100年後でさえないかもしれない。この世界が終わったあとにまで及ぶ長いスパンでの「大丈夫」という確信だ。
 聖書によれば、神は、ご自身の支配がすべてに及ぶ「神の国」を「すでに」始めてくださっているが、それは「まだ」完成はしていない。現在は、この「すでに」と「まだ」の中間の時代で、そこでは神のみこころではないことが起こることがままある。中村さんは、美穂さんが20歳で末期がんになることが「神のみこころ」だとは思わなかった。ただ、このことも神の御手の中にあることは確信していた。そこで、恐れや失望、嘆き、願いをすべてそのまま神様にぶつけながら、何がどうなろうと「最終的には大丈夫」という信仰を根っこのところで固く握りしめていた。
 それは美穂さんも同じだった。ある時は何もできなくなった自分を「腐ったジャガイモのように感じる」と泣きながら、「神様は、『わが娘・美穂のことを忘れてはいない。わたしがあなたを癒やす』と語りかけてくださったの。その癒やしが身体的なものかどうかはわからないけどね」と言った。

愛が死を打ち負かした瞬間

美穂さんの闘病は11か月に及んだ。中村さんは大学時代にアメリカに留学し、そこで結婚し、家庭を築き、今に至る。アメリカにおける闘病生活で幸いしたのは、美穂さんのような若い末期がん患者でも、在宅治療をするための環境が日本よりずっと整っていることだ。必要なときには入院しながらも、基本的には家で過ごし、大学にも通い、生活の質を保ちながら闘病することができた。
 それを支えるために、中村さんも投薬のしかたを習い、体にいいスープ作りにいそしみ、時にはベッドサイドに座って、痰を吐く美穂さんの口にコップをあてがいながら背中をさすった。その一つ一つの行為の隣に、イエスが座り、たたずんでくださっていることをリアルに感じられたから、それらのすべてが「聖なる時間」となった。
 
 美穂さんが自宅で迎えた最期の時は、壮絶でもあり、また、神のみわざが最も麗しく現された時でもあった。
 激しく吐血し、意識がもうろうとする中で、美穂さんはふと、辺りを見回し、不思議そうに「ここは、私たちの新しい教会なの?」と聞いた。賛美歌が聞こえたというのだ。そうかと思うと、恐ろしい幻覚を見るらしく、「助けて!」と叫び、吐血を繰り返す。そういう状態が30時間ほど続く中で、最期は家族全員でベッドを取り囲み、思い出を語り、声をかけ続けた。
 息を引き取る直前、美穂さんは突然、小さな声で「アイ アウ ユー(I love you)」と言った。ろれつも回らなくなった口で、さらに続けて「アイ アウ ユー」ともう一度。3度めは残っていた力のすべてを振り絞り、ほとんど怒鳴るかのように「アイ アウ ユー!」と愛を告げた。それが、地上における美穂さんの最期のことばだった。

 「癒やしてください」という切実な願いはかなわなかった。しかし、11か月の闘病中、常に神様がすぐ傍らにいてくださったことを、中村さんも美穂さんも肌身で感じ、美穂さんは愛の勝利を高らかに叫んで旅立った。中村さんは、決して消えることのない痛みさえ、自分の一部として大切に抱えながら、御国での再会を待ち望んでいる。

中村さん(左)と次女美穂さん。闘病中に行った最後の家族旅行

【「百万人の福音」2020年1月号より】

美穂さんの闘病中の出来事をつぶさに記したブログが書籍化。病と必死に闘う美穂さんのようすや、中村さんが痛みと葛藤の中で神を求める姿に心打たれる。

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隣りに座って ー スキルス胃癌と闘った娘との11か月
中村佐知 著 1,700円+税、四六版
いのちのことば社フォレストブックス
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