《旅する教会》南インド編⑨:インドのもろもろ

社会・国際

旅する教会 ーアジアの教会を訪ねて:南インド編⑨

鈴木光(すずき・ひかり):1980年、横須賀生まれ東京育ち。アメリカの神学校を卒業後、2006年に日本キリスト教団勝田教会に伝道師として赴任。2010年より主任牧師。妻と娘1人。著書に『「バカな平和主義者」と独りよがりな正義の味方』(2016年、いのちのことば社)、『伝道のステップ1、2、3』(2018年、日本基督教団出版局)。趣味は読書(マンガ)とゲーム、映画、ネット。

 これはアジアの教会のリーダーたちが、互いの国の教会やリーダーを訪ね歩いて学んでいく共同体型の研修〝PALD(Pan Asia Leadership Development)〟の様子を記した旅エッセイである。僕と旅の仲間たちの道中を、どうぞお楽しみください。(毎週火・金曜日更新! この旅のはじまりについてはこちら

インドのもろもろ

恒例の買い物タイム

 翌日の午前は、PALD研修としてのこのインドでの体験や考察のまとめを、互いに分ち合う時間をもった。その後、それぞれのフライト時間まで少し猶予がある面々で近くのショッピングモールに出かけた。

 これも前回のバングラデシュの時の反省を生かし、インド的な服を娘と妻にそれぞれ購入しようと張り切って店を見て回った。ところが、本格的なインド服の店は仕立て屋さんみたいな雰囲気で高そうだし、そもそも本人たちがいないのに仕立てるものは作れないなと思ってウロウロしたのち、半分あきらめてしまった。
 と、そこにすれ違ったダレ(カンボジアからの研修参加者)がまさにそれっぽい服を買っていたので「どこで買ったの?」と聞くと、喜んで案内してくれた。実はこのショッピングモール、(日本の地方在住者はわかると思うが)日本のモールとかと同じで、建物の端のところに(いわばジャスコ的な)色々な量販物が売っている階数ぶち抜きの店があり、そこの衣料品コーナーでそれっぽい服を買ったのだという。モールの基本的な配置構造はどの国も同じなんだな、と変な共感を覚えつつ目標の服を手に入れた。

 なお、帰国して妻も娘も喜んで着てくれたが、やはり日本で着ると(なるべくおとなしめの選んだのに)色が派手ですごい目立つ。まあこれはこれで。

 夕飯も同じモール内のアジア料理の店で食べた。アジア料理ということで、日本食(的なもの)もあって美味しくいただいた。こういうどでかいモールや、立派なホテルなんかを見ていると、(チェンナイが比較的都会ということもあると思うが)インドの経済成長の感じがすごく伝わってくる。

 食事をしながら、ジェイ(南インドの研修参加者)に貪欲に色々と質問を浴びせかけ、伝道の働きの具体的なところを根ほり葉ほり聞いていた。「本セッション終わってからのほうが生き生きしているな」と少し呆れられながらも、親切に教えてくれた。

 バングラデシュでのアサ先生の話がすごく印象に残ったという話を分かち合っていて、ヒンズー教のバックグラウンドから信仰をもったクリスチャンはどうなのかということも聞いてみた。確かに彼らもconfusedクリスチャンの時期を通るし、そこで大きくつまずいて、信仰から離れていく人もいるという。そういう場合は、無理に追わないそうだ。そのへんは僕も去るもの追わずの精神なので共感。でも、confusedになる人もいるけど、逆に逆境の中でも信仰を決心したという意味で、むしろ信仰が強いというのもあると思うという。これも言われて見ればその通りだなと思った。
 ちなみにジェイの教会メンバーの比率では、現在は70%がヒンズー教かムスリムのバックグラウンドからのクリスチャンで、30%は他の教会や地域からの転入だという。チェンナイが都会だからという土地柄もあるとのこと。なるほど。

プログラム終わってみんなリラックスしてるモールでの様子

〈その他1:首の振り方の話〉

 ほかにインドで印象に残ったこととしては、首の振り方が特徴的ということがある。日本でも西欧でも肯定は上下に、否定は左右に首を振るけれど、インドでは前を向いたまま左右に細かく首を傾けるのだ。イメージしづらいかもしれないが、簡単に言うと首や肩が凝っている時にやる首を倒す仕草を小さく早くやる感じ。
 僕が真似してやると肩こりのせいでバキバキ音が鳴るし、慣れてないのでちょっと頭が揺れて酔う。
 ちなみに、以前インドでの宣教経験のある播先生(アジアン・アクセス・ジャパンの代表者)にそのことを話すと、自分の経験をわかち合ってくれた。いわく「メッセージを伝えて、最後にイエス様を信じますかって問いかけると、みんな小刻みに首を揺らすから、最初『キョトンとされてる、ダメだったか…』と思ったけど、通訳の人に『みんなが信仰告白をしましたね』と言われて驚いた」とのこと。まるでピンとこない、インド宣教あるある(?)みたいな話だった。

〈その他2:トイレの話〉

 基本的にはバングラデシュの時とトイレの感じは同じで強烈シャワーヘッドにも慣れてきた。インドのトイレで目ちょっと新しかったことは、男性用の便器がやたら高いということだった。正直いって日本人とそんなに身長とか違わないと思うのだけど、僕の目に映るよりも皆そんなに足が長いのだろうか。僕的にはギリギリの高さだった。
 いや、僕の足が極端に短いということだろうか。なんだろう、このモヤモヤは。

インドまとめ

 日本での研修から始まって、バングラデシュ、インドと、5か国中の3か国目。研修も折り返し地点までやってきた。だいぶ、参加者同士も打ち解けてきて、旅の仲間としての一体感が生まれてきたと思う。

 このインドで最も印象的だったのは、やはり使徒トマスの殉教の土地ということ。本文で書いたとおり、僕はトマスが復活のイエス様に会う場面は元々とても好きな聖書の個所で、以前、戦争と平和について本を書いた時にもこの個所から「平和」ということを解説したこともあるくらいなのだ(参考:『「バカな平和主義者」と独りよがりな正義の味方』いのちのことば社、2016)。
 その個所が、そしてトマスという信仰者の姿が新しい意味をもって迫って来たのが大きかった。帰国してからグーグルマップで経路検索すると、エルサレムからチャンナイまで徒歩で約6500㎞で、現代でさえ「55日9時間」が必要だと出てきた。

 当時、トマスがそこまで福音を伝える旅をして、文字どおり(当時の)地の果てまで行って福音を伝えたことと、復活したイエス様に会ったという聖書記事が合わさった時に、その意味が強く迫ってきた。これは信仰というか、教理として、本当に当然のことなのだけど、復活は事実だったのだ。トマスは復活のイエス・キリストに出会ったんだ、ということが衝撃のように感じられたのだった。

 インドは大きい。州ごとに、国が違うくらい違う、と言われたのも印象的だった。だからこそ、「国内宣教師」という働きにも心打たれた。また、彼らが自分たちが受けたように、福音を宣べ伝えている姿にも叱咤激励されているような熱い想いが込み上げた。
 経済成長の勢いや、人々の活気も強く感じられた。その中で、むしろ純粋な福音が求められ、また宣べ伝えられていることに希望を感じさせられた。

 「旅する教会」南インド編は本稿で最終回です。次回よりミャンマー編がスタート!
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