《旅する教会ーアジアの教会を訪ねて》バングラデシュ編④

社会・国際

旅する教会 ーアジアの教会を訪ねて:バングラデシュ編④

鈴木光(すずき・ひかり):1980年、横須賀生まれ東京育ち。アメリカの神学校を卒業後、2006年に日本キリスト教団勝田教会に伝道師として赴任。2010年より主任牧師。妻と娘1人。著書に『「バカな平和主義者」と独りよがりな正義の味方』(2016年、いのちのことば社)、『伝道のステップ1、2、3』(2018年、日本基督教団出版局)。趣味は読書(マンガ)とゲーム、映画、ネット。

 これはアジアの教会のリーダーたちが、互いの国の教会やリーダーを訪ね歩いて学んでいく共同体型の研修〝PALD(Pan Asia Leadership Development)〟の様子を記した旅エッセイである。僕と旅の仲間たちの道中を、どうぞお楽しみください。(毎週火・金曜日更新! この旅のはじまりについてはこちら

PUSH!

祈祷室のドアの貼り紙

 Dhaka Assembly of God教会の建物内を見学していて、一つ面白いものを見つけた。
 それは、祈祷室のドアにあった、「P. U. S. H. Pray Until Something Happens(プッシュ、何かが起こるまで祈れ)」という貼り紙。まずシンプルにうまいこと言うね、と。
 同時に、ここに来る直前に、ちょうど主任牧師のアサ先生と同じくアッセンブリーに所属する、天野弘昌牧師(草加神召キリスト教会)からお話しを聞く機会があったのだけど、その先生の話の中でも最も印象に残っていたのが祈ることだったので、不思議な導きを感じた。

 ご存知のとおり、アッセンブリーの皆さんは聖霊の働きを大切にしている教会で、僕はその霊的な祈りの強さに常々憧れをもっていた。アサ先生に伝道に関して勝手な共感を抱いた僕としては、同じようなことを考えているのに、なかなか実際に自分の伝道の働きの実が小さいのは、やはり祈りがカギなのかもしれないなと感じたのだった。何かが起こるまで祈ること、自分もそうありたいと願う。

「鳴かぬなら○○しようホトトギス」

 そんな話を近くにいた高澤先生に話すと、「それもあるかもしれないけど、それぞれタイプが違う人間だから、それぞれのやり方でいいんじゃないか」と言われた。
 いわく、たとえば織田信長、豊臣秀吉、徳川家康が、「鳴かぬなら…」で始まるホトトギスをどうするかで、タイプの違いが描かれているのは有名なこと。牧師は「泣かぬなら殺してしまえ」とは言わないけれど、うまくいかなければ素早く見切りをつけて新しいチャレンジをし、実を結ぶ人もあれば、「鳴かせてみせよう」とやり方を何度も工夫して実を結ぶ人もいるし、「鳴くまで待とう」と祈って待つタイプもあるけれど、どれか一つが正解ではないと思うとのこと。

 さらにいわく、今回宿舎や旅の手配に自ら手を尽くしてくれているピーター先生(国際伝道団体「アジアン・アクセス」のバングラデシュ代表)は、「鳴かせてみよう」的な、できることは何でもとにかくやろうというタイプの人だそうで、その行動力と実践力はすごいと教えてくれた。何となく雰囲気で感じてはいたが、確かにあの建設し続けられているクリスチャンセンターの姿は、それを象徴している気がする。
 何かが動くまで祈り続けよう。でも、自分の賜物に合わせて強みにこそ力を入れよう。それぞれの形でPUSHすれば、それぞれの形の扉が開くのかもしれない。そんなことを考えた。

バングラデシュ編⑤「霊的Blindness」へ >