《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら──「伝道者の書」とわたし 最終回

信仰生活

写真=菅野基似

《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら ーー「伝道者の書」とわたし 最終回


菅野基似(かんの・もとい)と申します。22歳です。ただいま、フリーター生活を始めました。というのも、ついこの間まで神学生として学んでいましたが、持病である「双極性感情障害」にやられ、学び舎から退く決断をしたばかりです。ここではそんな私のささやかな闘病記とともに、私の好きな「伝道者の書」のことばをご紹介し、ともに味わいたく思います。
それに加えて、まだ理解が進みきっていない「双極性感情障害」という病をご紹介し、少しでも誰かのお役に立てればと願っています。

第12章「あなたの若い日に」その3

神様からのプレゼント


さて、ついに最終回になります。
私の83歳の祖母は、比較的若い頃に祖父に先立たれた後、必死に働いて、母子家庭で三人の子どもを育てました。そして、60代になった頃、徐々に体が動かなくなっていきました。パーキンソン病でした。徐々に動かなくなっていくからだに心は追いついていたのでしょうか。
しかし、信仰をもって歩み続けた祖母の人生があります。そして動かなくなった足腰を車椅子に乗せながら祖母はこう言いました。
「私の病気はね、神様が備えてくださったものなの。神様からのプレゼントなの」と。
──不慮の事故で首から下の自由を失った詩人、星野富弘さんの詩を思い出しました。

冬があり夏があり
昼と夜があり
晴れた日と
雨の日があって
ひとつの花が
咲くように
悲しみも
苦しみもあって
私が私になっていく
(「悲しみの意味」『花よりも小さく』偕成社)

たどり着く場所


人は不自由になることによって、自由になる。動けなくなって、たどり着く場所があり、聞こえなくなって、はじめて聞こえる音があるのだと思います。苦しみが不信仰を生むのではなく、むしろ苦しみに嘆いた時、そこに神がおられたことを知り、慰められ、信仰がさらに育まれる世界があると思います。私の信じる神は、生きている間はいいけれど、死に際になって、頼りにならない神ではない──。そこにおられ、私の嘆きを聞き、共に泣いてくださるのが神でした。だからこそ、私は伝道者の書の結論に深くうなずくことができたのです。そう、結局のところ、です。

神を恐れよ

結局のところ、
もうすべてが聞かされていることだ。
神を恐れよ。神の命令を守れ。
これが人間にとってすべてである。
(伝道者の書12章13節)

「神を恐れよ」──私は以前、閉鎖病棟での入院を経験して、そこで私以上に苦しんでいる人々を大勢見ました。まさにどん底に落ちた思いでした。
しかし私はその暗闇の深みで「主を恐れるなら、いのちに至る」(箴言19章23節)という真実な光を見たことを思い出します。たとえからだの具合が悪くても、主を愛する心だけは奪われることはありませんでした。倒れて、何もかもできなくなったと思いましたが、その嘆きを神に伝えることはできました。状況は変わらない。でも、私は確かに神に慰められていました。なぜなら、この身は弱くとも、私の霊は主を恐れることにより、確かにいのちに至る力を受けていたからです。神を恐れることは、私の生きる力であり、すべてでした。
「神を恐れよ。神の命令を守れ。」──喜んでそうさせていただきたい。伝道者の書にふさわしい結論でした。
──さて、最後にこのことばを読みます。

悲しみを経た心

悲しみは笑いにまさる。
顔が曇ると心は良くなる。
(伝道者の書7章3節)

私はある時から、自己憐憫から離れて、悲しみが神と自分をつなげる架け橋になり得ることを信じようと思いました。顔を曇らせるなら、その悩みを神にぶつければよい。賛美や感謝ではなく、ありままの嘆きを神に伝え始めた時、私は神に慰められる経験をするようになったのです。
実に、私が失っていたのは、この神との生きた交わりでした。私にとって最初に癒やしが必要であったのは、病よりも先に、神を失っていたこの人生だったのです。
「伝道者の書」は、神を失っている人生の空しさを示し、逆に神を愛して生きる人生の幸いを読む者に教えてくれているように思います。
私は今、創造者と出会えて、この神ありきの人生へと導かれたことが嬉しいのです。悲しみから生まれる喜びがここにあり、悲しみを経た心は確かに晴れることを私は学べました。

「心は晴れる」そらのそら


この文章はこの人生という学び舎で私が学べたことをまとめた証でした。おそらく神様はこの後、私を次の世界へと連れ出してくださるのだと思います。そうしたらまた、新しく学べたことを綴る日がくるのでしょう。
その日を楽しみにしつつ、これにて、「心は晴れる」そらのそら、閉幕です。(終わり)

 

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