《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら ーー「伝道者の書」とわたし その28

信仰生活

写真=川口真琴

《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら ーー「伝道者の書」とわたし その28


菅野基似(かんの・もとい)と申します。22歳です。ただいま、フリーター生活を始めました。というのも、ついこの間まで神学生として学んでいましたが、持病である「双極性感情障害」にやられ、学び舎から退く決断をしたばかりです。ここではそんな私のささやかな闘病記とともに、私の好きな「伝道者の書」のことばをご紹介し、ともに味わいたく思います。
それに加えて、まだ理解が進みきっていない「双極性感情障害」という病をご紹介し、少しでも誰かのお役に立てればと願っています。

第10章「小さな死んだハエ」その1

死んだハエ


伝道者の書10章。それは同じ知恵文学と分類される旧約聖書「箴言」を思わせます。この10章では一貫して伝道者が言いたいことを見つけるのは困難です。むしろ、ひとつひとつの格言を拾って、それぞれをよく考えていくスタイルをとることがよいと思われます。
──さて、私は10章1節のことばをいくつかのヒントを手がかりによく考えることにしました。お付き合いください。

死んだハエは、
調香師の香油を臭くし、腐らせる。
少しの愚かさは、知恵や栄誉よりも重い。
(伝道者の書10章1節)

小さな死んだハエの死骸が香油に入ると、発酵して、全体が腐って悪臭を放つ。肝は少しの愚かさだということです──。

聖書を読むのは難しい


ある日のこと。私は仲間と共に、近くの公園で遊ぶ子どもたちに福音を伝えるべく出向きました。仲間たちはとても頼もしいものでした。福音をわかりやすく、そして丁寧に小学生や中学生に説いていました。そんな公園伝道が楽しかったことを覚えています。
──そこで私はひとつの失敗をします。
帰りがけの中学生集団に仲間たちは一生懸命に福音を伝えました。なかなか中学生たちの反応も良くて聖書に非常に興味をもってくれたようでした。「もしかしたら聖書を読んでくれるかもしれない!」そんな印象も受けました。「よかった、よかった」みんなそう思っていたに違いありません。しかし私はその場で帰ろうとする中学生たちに最後にひとこと「ま、聖書を読むのは難しいけどね!」と吐き捨てたのでした。その場には苦笑だけが残りました。
今振り返っても、あの時の私の発言はふさわしくないものでした。
──さて、10章1節の直前、9章18節のことばを見てみます。

罪人は多くの良いことを打ち壊す

知恵は武器にまさり、
一人の罪人は多くの良いことを打ち壊す。
(伝道者の書9章18節)

「一人の罪人は多くの良いことを打ち壊す」──グサッと突き刺さることばです。神様が備えられた「良いこと」を人間がいとも簡単に壊して、台無しにしてしまうということがやはりあると思います。
自分は本当に愚かであったと、後になってだいぶ反省しました。私の不要なあのひとことが中学生たちを聖書から遠ざける結果になってしまったかもしれないと考える時、本当にいたたまれない思いです。
本来ならば聖書を読む楽しさやその魅力を伝えるべきであったのに、私は斜め上の少し尖ったことばを発してしまったのでした。
なぜ私はあの時、あんな言葉を発してしまったのか。よくよく考えれば普段の生活がものを言っていました。簡単な話、私は気づかぬうちにだいぶ高慢になっていたのでした。謙遜な人を普段から装っていましたが、実際のところ、心は腐り、悪臭を放っていたのです。
──伝道者の知恵は静かに語ります。

わずかな愚かさ

死んだハエは、
調香師の香油を臭くし、腐らせる。
少しの愚かさは、知恵や栄誉より重い。。
(伝道者の書10章1節)

ほんのわずかな愚かさでした。そんなに目立つこともなく、心の片隅に存在する小さな悪でした。しかしそんな悪がある時、ふと表面化することがある。伝道者の書のことばはそんな少しの愚かさを逃しません。むしろ、それは危ない、と警告するのです。
調香された香り豊かな香油は小さな死んだハエの混入によって全体が腐って、良い香りをかき消し、独特の異臭を放つようになるように、キリストの香りを放つクリスチャンが時に悪い香りを放つという恐ろしい事実が存在します。
私たちの心にも小さな死んだハエは存在しています。その存在を無視し続けると本当に大切なものを壊してしまう時がいくらでもあるのだと思います。だから決して放置してはならないのです。「ほんの小さなこと」と笑い飛ばすこともできる。しかしそんな少しの愚かさがどれほど私たちを腐らせていることでしょうか。(つづく)

 

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