写真=菅野基似
《バイブル・エッセイ》「心は晴れる」そらのそら ーー「伝道者の書」とわたし その22
菅野基似(かんの・もとい)と申します。22歳です。ただいま、フリーター生活を始めました。というのも、ついこの間まで神学生として学んでいましたが、持病である「双極性感情障害」にやられ、学び舎から退く決断をしたばかりです。ここではそんな私のささやかな闘病記とともに、私の好きな「伝道者の書」のことばをご紹介し、ともに味わいたく思います。
それに加えて、まだ理解が進みきっていない「双極性感情障害」という病をご紹介し、少しでも誰かのお役に立てればと願っています。
第8章「私の顔の救い」その1
大きなギャップ
高校生の私はあれよあれよという間に体調を悪くしていきました。人前では一丁前に格好つけても、帰りの電車では訳のわからぬ涙を一人で流していたのでした。
人前にいるときの自分と、一人で家にいるときの自分には大きなギャップがありました。しかし、取り繕って、仮面を被る生活には無理があるものです。自分の中に矛盾があるものだから、人間関係にはもっとズレが生じます。私はどれだけ多くの人を傷つけて、人との繋がりにヒビを入れたことでしょうか。なんとかつなぎ止めようとしても、カバーしきれず、手遅れになっていく光景を悲しく見つめることしかできませんでした。
ひとつの出会い
しかし、ひとつの出会いが私の人生を変えていきます。私にとって今でも忘れられないY.M.さんとの出会いです。
Y.M.さんは後になって冗談っぽく私にこんなことを言ってきました。「基似があのまま育っていたら本当に嫌な大人になっていたかもね」と。確かにそうでした。ひねくれて、変に格好をつける、そんな嫌な人だったと思います。それはY.M.さんが駆け出しのhi-b.a.スタッフで、私が高校3年生の頃の話です。
──さて、伝道者の知恵は語ります。
知恵のある者
知恵のある者とされるにふさわしいのはだれか。
物事の解釈を知っているのはだれか。
人の知恵は、その人の顔を輝かせ、
その顔の固さを和らげる。(伝道者の書8章1節)
知恵ある者はいないし、人生を正しく見極めることのできる人もいない。それが伝道者の主張だと思います。確かに、確かに。私たちは生きてはいますが、果たして自分というものを人はどれくらい知っているでしょうか。「こうすればうまくいく」というような人生の公式は存在しません。
──つまるところ、私たち人間にはわからないことがあるし、見えないところまで見通せる賢さもない。知恵ある者にはふさわしくないのです。
伝道者はそのように人間の本質を見通した後でこのように語ります。「人の知恵は、その人の顔を輝かせ、その顔の固さを和らげる。」(8章1節)──そう、確かに人間は知恵に欠けている。しかし、どうだろうか。もし、神が人に知恵を与えるとしたら──。その顔は輝き、そのこわばりは和らぐ、と伝道者は語るのです。
クリスチャンは顔を見ればわかるものです。なぜなら、その人は人生の根本的な課題を解決しているからです(小畑進(注))。
矛盾だらけの私の顔
しかし自分を見失い、悲しくも矛盾だらけの私の顔は、それはひどいものだったのでしょう。当時の私は何かを批判し、毒づくことによって自分の立ち位置を作っていました。そうすれば、他の人とは違う、ちょっと格好いい高校生に思われると勘違いしていたのです。居場所を求めていました。しかし、居場所とは力を入れぬままに居ることのできる場所のことを言うはずです。けれども私は「弱っている」ことを認め、助けを求めることはできませんでした。むしろ、強がり続け、相変わらず何かを批判することによって、自分なりの居場所を作り、生きていました。独りよがりで実際は格好の悪い、可哀想な人だったと思います。
私を救った人
しかし、そんな私を救ったのは他でもないY.M.さんだったのです。私は彼女に会う度にいつも通り、傷つくひどい言葉を浴びせました。会う度、会う度に。
けれどもY.M.さんがあまりにも私の話を聴き続けるものだから、調子がくるいます。毒づくことにも疲れ始めたのです。彼女は私の前からどこうとはしませんでした。ただ私を愛し、その場に居続けてくれたのだと思います。
あるキャンプからの帰りの電車で、隣に座ってきたY.M.さんに私は目に涙を溜めながら「いつも死にたいと思うことがある」と伝えました。すると「それはつらいよね」とYMさんは返してくれました。(つづく)
(注)…『小畑進著作集〈第6巻〉ペテロの手紙第二講録・伝道者の書講録』いのちのことば社